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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第22章 花いちもんめ✔



 女郎に向けていた爽やかな笑顔とはどこか違う。
 高揚したように静かに弾む声に、千寿郎の姿を舐めるように見る目は、卑猥な色を宿している。


「それで、名前は教えてくれないのかな?」

「ぁ…僕…わ、私、は」

「ふふ。僕でいいよ。隠さなくたって、こんなに可愛いんだから」

「ちが…っ違い、ます」


 一人称を偽ることを間違えた訳ではない。
 つい素の自分が出てしまいそうになって、咄嗟に千寿郎は後退った。
 しかし男に握られた手は振り解けず、逆に強い力に引っ張られてしまう。


「ひっ」


 がっちりと腰を抱かれて、着物を隔てた肌が触れ合う。
 抱き付くような形になってしまい、凡そ今まで触られたことのない男の手による弄りに、千寿郎は顔を蒼褪めさせた。


(この人、男色趣味のある人だ…!)


 そういうものに偏見を持ったことはないが、そもそもそんな嗜好の相手に出会ったこともない。
 ましてや己の体を弄られたことなど。


「は、放してください…っ」

「おや。思ったより体を鍛えているんだね。つくところにはついてる」

「お、大声出しますよっ」

「これくらいのお触りで癇癪を起こすような女子は、此処にはいないよ。逆に白い目で見られる」

「っ」


 どうにか体を捻り逃れようとするも、背中を向けるだけで精一杯だった。
 背後から羽交い絞めにするように抱きしめてくる男の声が、首筋にかかるとぞわぞわと悪寒が走る。
 舐めるような声にも、鳥肌が立つようだ。


(気持ち悪い…ッ)


 もし手元に竹刀か、それに代わるものがあれば抗うことができたものを。

 伊達に鍛えてきた訳ではないのだ。
 小柄な体だと舐めて絡んできた年上の相手を撃退したことだって、過去あるというのに。

 情けない。
 武器がなければ抗い一つもできないのか。


(僕に姉上ほどの力があれば…ッ)


 自分と同じように細い腕で、易々と何をも持ち上げてしまう蛍の姿を思い出した。

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