第22章 花いちもんめ✔
(…此処に、兄上はいない)
恐る恐ると顔を上げる。
右を見れど左を見れど、行き交う人々は知らない者ばかり。
他所の街だから当然のことなのに、そんな人の群の中に一人でいることに不安を覚えた。
(僕は何をやってるんだろう…)
思わず零れ落ちそうになる溜息を、慌てて呑み込む。
慣れ親しんだ駒澤村を出ること自体稀ではあったが、旅行で遠方へ赴くこともあった。
しかし千寿郎の記憶も朧気な幼い頃のもので、はっきりと自我を持つようになってからは一度もそんな記憶はない。
不安に思うのも当然だ。
それでもついて行こうと決めたのは、自分自身。
(そうだ、此処は僕の知らない土地。初めて兄上と任務で外の世界に出たんだ)
蛍の為ではあったが、思いもかけず昔から憧れていた兄との任務に参加できているのだ。
そう実感するだけで胸は高鳴り、高揚する。
いつも見送るだけの立場だったが、今は違う。
この場に兄はいなくとも、同じ立場として立ってくれている。
そんな兄の力にならずしてなんとする、と胸の前で拳を握った。
杏寿郎は何かあればすぐ呼ぶようにと言ったが、なんとしても兄の力になりたい。手助けがしたい。
その為には、こんな所で立ち止まっている暇などないのだ。
「一枚だけ、いいかな」
兄に習うように、顔を上げて歩き出す。
勇んで進む足が再び止まってしまったのは、"それ"を見てしまったからだ。
(──あ)
女郎に言い寄っている男が一人。
その台詞の不可解さに目を向ければ、男の手には見慣れない小型カメラが握られていた。
「わっちも仕事がありんす…」
「わかっているよ。時間は取らないから。君のその美しさを、写真に収めたいだけなんだ」
優しい声色で写真を撮らせてくれるように、頼み込んでいる。
見た目には無粋には映らないが、千寿郎は思わず息を呑んだ。
(もしかして、この人が?)
東屋が噂として与えてくれた情報と一致する。
「今は手持ちがない為、指名できない。次に会う時に間違えなど起こらないように写真に残したい」と、巧みに女を丸め込もうとしているこの男が、捜していた渦中の人物なのか。
「っ…どうしよう…」