第22章 花いちもんめ✔
見守り続ける二人の目に、裾を握る千寿郎を煩わしく振り払う男の姿が映る。
何かを指摘されたのか、抱えていたものを袖へと隠す。
一瞬の出来事だったが、忍の目を持つ天元は確かにそれを捉えていた。
「煉獄。今男が持っていた物を見たか」
「話には聞いたことがあるが、見るのは初めてだ。相当価値のある代物だと」
「そんなもんを一般人が持ってるか? 普通」
「一般人かもわからないぞ」
杏寿郎もまた高い屋根の上から確認した、小さな道具。
"ライカA型"と名付けられた、日頃目にすることもない希少価値の高い代物だ。
「なんであれ見過ごせない」
屋根の軒先に足をかけた杏寿郎が、日輪刀の柄を軽く握ると親指の腹を添える。
千寿郎と揉めていることも大いにあるが、その道具もまた決め手だった。
「あれは写真機だ」
東屋の情報で聞いた、小型カメラを所有する男とあらば。
──数分前。
「わっ…」
「おっと。悪いなお嬢ちゃん」
賑わう人混みに、慣れない女装姿では上手く立ち回れない。
腕をぶつけられて振り返る千寿郎に、形だけの謝罪を向けた男は片方の眉を顰め上げた。
地声が聞こえてしまったのだろうか。
天元に「見た目は完璧だが声は出すなよ」と注意を貰っていた。
慌てて口元を押さえる千寿郎を、男の目は訝し気に捉える。
「なんだァ、異人か? 珍しい子供もいるもんだ」
「っ…」
それも束の間。じろじろと千寿郎の髪や瞳の色を物色したかと思えば、すぐに興味なく目を逸らした。
『気味悪い』
通り過ぎ様に聞こえた、小さな小さな冒涜。
さっさと華やかな女達が待つ張見世(はりみせ)に向かう男は、もう千寿郎など見ていない。
しかし幼い少年の足は、其処で止まってしまった。
自分の身形が、日本人特有のものとかけ離れている自覚は十分にあった。
それでも全く同じ髪と瞳を持つ兄は常に前を向き、恥ずかしげもなく堂々と千寿郎の前に立ち人の世を歩いていた。
異質な身形を他人に指摘されれば「ご先祖様が海老天を食べ過ぎた所為だろうな!」と突拍子もないことを言って、周りを笑わせたりもしたものだ。
そんな兄に強い憧れと尊敬を抱いていたからこそ、足を止めることなどなかったというのに。