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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第22章 花いちもんめ✔



「ならば近付くまでと思ったんだ。俺が踏み込んで許されるところまで、触れても逃げ出されないところまで、近付けたらと。蛍が歩み寄れないなら、俺が行けるところまで行く。蛍からの最後の一歩を、待つことならできるだろうから」


 踏み込めずとも、踏み出すことはできる。
 蛍にできないことがあるならば、己がそれを担うまでと思った。


「その為には蛍が迎えられる境界線を見極めなければならない。心を踏み荒らしたい訳ではないんだ。だから、その為にあらゆることに気を張っている」

「……」

「それが俺なりの結論だ。情けないだろうか」


 目線は千寿郎へと向けたまま、口元には微かな笑みが浮かんでいる。
 しかし下がる杏寿郎の眉尻に、天元もまた色町へと視線を戻した。


「別に、いんじゃねぇの。せっかちなお前にしちゃ随分根気強いことやってんなと思うし」


 槇寿郎が堕ちた後も杏寿郎の父に対する距離感は変わらなかった。
 酒壺を投げつけられようと暴言を吐かれようと、臆することなく向き合っていた。

 その忍耐強さは天元も知っている。
 しかし相手の機微をここまで繊細に汲み取ろうとする姿は、天元の知らない姿だった。


「女心と秋の空って言うだろ。今は逸らすことしかできない蛍の目も、お前が辛抱強く待っていれば案外すんなり向き合えるようになるもんさ」

「待て。そのことわざは移ろい易い女心という意味ではなかったか?」


 頑なに千寿郎から目を離さなかった杏寿郎が、はたと疑問を持ち顔を上げる。


「いーんだよ、ンな地味なこと気にすんな。こと女に関しちゃ俺の方が格上だ。ありがたい助言として受け取っとけ」

「…むぅ」


 下ばかり向いていた頸を解すように視線を上げる。
 ふ、と息を吐けば、不思議と胸の辺りが軽くなった気がした。


「…そうだな」


 見上げる視界の隅々まで広がる秋の空。
 夕闇を背負う様は、先程までの美しい夕焼けを隠しがらりと姿を変える。

 一面を覆う闇。
 その果てなき先には小さな星屑が散りばめられるように輝いているのだ。

 強い光の前では姿を隠す。
 人々が寝静まる時にだけ魅せる儚くも美しい夜の顔。


「確かに。余りに広く鮮やかなものだ」


 まるで蛍のようだと、そう思った。

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