第22章 花いちもんめ✔
一呼吸。
間を置いて、杏寿郎が口を静かに開く。
「…蛍と向き合っていると、俺の中の俺の知らない感情が湧いて出るんだ。驚愕することも、困惑することも大いにある。自分自身を情けなく思うこともな。だがどれ一つ取っても無駄だと思ったことはない」
どろりとした黒い嫉妬心を抱えた時でさえも、蛍はそんな杏寿郎が好きだと言った。
蛍がそうして笑って認めてくれるだけで、目には見えない温かな腕に抱き締められているような気持ちになる。
煉獄家として、長男として、炎柱として。
常に肩書きを背負い歩んできた自分が、何者でもないただの一人の男として許されているような気がするのだ。
「蛍の感情だってそうだ。彼女の新しい一面を見る度に、それを感じ取る俺の胸の内の新しい心を知る。それが嬉しいんだ。もっと知りたいとも思う。…しかしそれは俺の感情で、蛍のものではない。俺の歩幅と蛍の歩幅が違うように、上手く重なり合わない時もある」
「そりゃあ、まぁ。他人だからな」
「だが、それでも知りたいと思ってしまったんだ。蛍自身が安易に踏み込めないところへ、踏み入れたいと思ってしまった」
天元に対しても、他柱に対しても、潔く踏み込みはするが相手が線引きをすれば、そこを超えるようなことはしなかった。
一見、暴虐無人(ぼうぎゃくぶじん)にも見えて実は配慮のできる杏寿郎だからこそ、他隊士からも慕われることが多い。
それを天元も知り得ていたからこそ、杏寿郎らしかぬ姿にまじまじと目を向けてしまう。
「いつもなら蛍の覚悟ができるまで、いつまででも待つというのに。それももどかしく感じる程にな」
与助を語る蛍のあんな顔を、声を、姿を知ってしまっては。見て見ぬフリはできないと思った。