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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第22章 花いちもんめ✔



「とても綺麗な御べべだね。何処のお店の子かな。おいで、送ってあげよう」


 差し出される手。
 じっと見上げたまま動かない蛍の小さな掌を、男は自ら握りしめた。


「お店の名前は言えるか、なっ?」


 しかし踏み出そうとした足は、がくんと不自然に止まる。
 手を握られ腰を上げた蛍が、その場から微動だにしていなかった所為だ。

 驚く男が押せど引けど、少女はびくともしない。


「待ち人がいるんです」


 男を見上げたまま、蛍は建物の陰から動くことなく静かに告げた。


「だから大丈夫です」

「だけど具合が悪そうに見えたから…」

「悪くありません。大丈夫です」

「じゃあせめて、君のお店を教えてくれるかい?」


 それでも頑なに引き下がろうとしない男に、蛍の幼い顔は無表情のまま。す、と団栗のような丸い目を細めた。


「私はまだ禿(かむろ)です。お兄さんのお相手はできませんよ」

「えっ」

「お店もこの色町にはありません。今日は姐さんのお出かけに、つき合っていただけですから」

「そ…っそれならそうと早く言ってくれれば…っ」


 慌てたように早急に応える男の手が、蛍から離れる。
 そのまま取り繕うような笑顔で逃げるように去っていく男に、蛍は素っ気なく吐息をついた。


「(禿じゃなかったら抱いたってか)…幼女趣味め」


 一般的に、女郎が水揚げをして男の相手をするようになるのは十五歳前後。
 その年齢でも十分に幼い少女の見た目の為、そういう類の趣味を持つ男がいても不思議ではない。


(やっぱり早く目的の男を見つけ出さないと)


 となれば千寿郎の身が心配だ。

 自分はまだいい、男を躱(かわ)すことなど慣れている。
 そう上げた目線をとある建物の屋根へと向ければ、煌びやかな額当ての宝石がきらきらと反射して輝いていた。










「蛍の奴、ありゃ放っといても大丈夫だな」

「……」

「やっぱ注意しておくべきは千坊か…煉獄、しっかり見張っておけよ」

「無論。片時も目を離していない」


 賑やかな灯りが集い始める色町。
 屋根の瓦に座り込み、小さな空色べべ姿の少女を見下ろす天元の隣で、瓦に立つ杏寿郎もまた華やかな色を見下ろしていた。

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