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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第22章 花いちもんめ✔



「生娘らしさを習得って何…習得って」


 茜色の空が闇を背負い始める頃。
 蛍は建物と建物の間に作られた陰の中に、一人身を潜めていた。

 むすりと口をへの字に曲げたまま、笑って送り出した天元を思い出し悪態をつく。
 生娘らしさを習得など、何をどうしてできるものだろうか。


 夕闇が広がり始めれば、昼間は閑静だった色町にぽつぽつと灯りが宿り出す。

 そわそわと行き交い始める男達。
 派手な衣装に身を包み、これから来る夜を誘うように支度を始める女達。

 そんな色町の中にぽつんと、愛らしい市松模様のべべを着た焔色の頭の小さな生娘が一人。
 俯き加減に彷徨(さまよ)うように歩く様は、まるで。


(…狼の巣窟に迷い込んだ子羊みたい…)


 今すぐにでも傍に行って守りたくなる衝動に駆られてしまう。

 じっと見つめていれば、ふと顔を上げた千寿郎と遠く目が合った。
 ぐっと拳を握って掲げて見せれば、ぱっちりと開いた可愛らしい猫目が微かにはにかむ。
 右を見て、左を見て。それから手元を隠しつつひらひらと小さく手を振ってくる姿は、なんとまあ健気なものか。


「か、可愛い…(あれが生娘らしさ…私には無理!)」


 思わず声に出してしまう程の愛らしさに、うっかり射止められた胸を両手で押さえた。

 天元の物言いは納得いかないところもあったが、こればかりは正しいと思った。
 純粋無垢とも言えるような千寿郎の愛らしさは、自分には惹き出せないものだ。


(愛らしさ、かぁ)


 それが悲しいなどと思ったことはない。
 化粧をすれば女はいくらでも化けることができる。
 可愛いも美しいも自由自在に作ることができるのだと、柚霧の時に学んだ。

 それでもなんとなく視線が下がってしまうのは、それだけでは辿り着けないものだと何処か心の奥底ではわかっていたからかもしれない。

 それが哀しいなどと思ったことはない。


「……」


 ただ、羨ましいと思った。





「──君、どうしたの?」





 不意に上から落ちてくる声に、自然と屈み込んでいたことに気付く。


「そんな所に蹲(うずくま)って。具合でも悪いのかな?」


 見上げれば、中腰にこちらを伺ってくる男が一人。
 優しそうな目が、蛍を見下ろしていた。

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