第22章 花いちもんめ✔
「そういう性格なんでね。今更だろ?」
「だからと言って許す許さないはまた別の話だ。俺に対しては構わないが、蛍の心に土足で踏み込むようなことはしないでくれないか」
「なんでそれをお前に言われなきゃならないわけ?」
屈んで膝の上で頬杖をついている天元は、いつもなら見上げられる立場だが、今は杏寿郎より視線が低い位置にある。
なのに感じる圧に千寿郎は息を呑んだ。
「…なーんてな。お前と蛍の関係に野次入れる気なんてねぇよ」
それも束の間。飄々と明るく返す天元に、一瞬凍り付いたかのような空気が嘘のように消える。
それでも杏寿郎は見慣れた笑顔を浮かべてはいない。
「野次しか入れられていない気がするんだが…」
「俺だって嫁を持つ旦那の身よ? 野暮なことくらいわかるわ」
「その野暮なことをするだろう、君は」
「信用されてねぇなぁ。…まぁ耳はいいんで。蛍と松風って女の会話くらい、此処からでも聞き取れるけどな」
「なッ」
あっけらかんと言い切る天元が"音柱"と呼ばれる理由の一つが、その聴覚にある。
知っているからこそ焦燥を見せる杏寿郎に、天元は途端に吹き出し笑った。
「ははッんな訳ねぇだろ流石によ! 素直に信じ過ぎだろ!」
「む…っだが君は大層な地獄耳だぞ」
「だからって他人の会話の内容まで詳細に拾えてたらネズ公達の仕事がなくなるわ」
「…む」
渋々とも納得するように頷く杏寿郎を、尚も面白そうに見上げながら。一瞬だけ、天元はちらりと元来た道を目で追った。
(まぁだから、ネズ公達がいるんだが)
屈強な筋肉の肩に乗っていた忍獣である鼠の姿は、いつの間にか消えていた。
杏寿郎が無理矢理に天元を連れ出した時に、こっそりと放しておいたのだ。
(煉獄達の関係に横槍を入れる気はねぇが、鬼としての蛍に興味があるのも事実。折角の情報だ──"仕事"させて貰うぜ)
その役目は、蛍と松風の話を盗聴することにある。