第22章 花いちもんめ✔
(…それは松風さんだから言えることだ)
生きている男達を見返し出ていくなど、今この結果があるから言えることだ。
男達が生きていれば、今も尚女郎達は狭く高い塔のような檻の中で生かされ続けていただろう。
大切な人を己の手でも死に追いやっていた事実と、自らの死を悟る奈落に落ちるような恐怖。
そんな経験を、松風はしていないからこそ。
(違う。そんなこと、松風さんは知らなくていい。誰も知らなくていい…っ)
喉まで出かかった言葉を呑み込むと、蛍は力なく歯を食い縛った。
松風を否定したい訳ではない。
ただ、自分はそんなふうに笑えない。
松風と同じ足場に立つことはできないのだと、思い知らされた。
「…松風さん…昔と、変わりましたね」
「そうかい?」
「そんな笑顔、初めて見ました」
「そんなにじろじろ見るんじゃないよ。こっ恥ずかしい」
深く呼吸を繋いで、顔を上げた蛍がほのかに笑いかける。
細い眉を顰めながらも、松風はぎこちなく悪態をついた。
「そういうあんたは変わったね。随分と昔より人間らしくなったじゃないか」
「そう、ですか?」
「と言うより、元々の顔をあたいが見ていなかっただけかもしれないけどさ」
男達を語る蛍の目には、憎悪の色が混じっていた。
三年前の虐殺事件により、何より蛍が大切にしていた家族を失ったのだ。
唯一姉のことを語る時だけ、感情を含んだ顔をする程に大切だった、そのひとを。
「あんたは、あの事件に巻き込まれた側だと思ってた。姉と一緒に命を落としたか、騒動に紛れてこの土地を離れたか。…でも、中には別のことを考える者もいた」
「別って…」
「あんたが、あの男達を殺したんじゃないかって。そう疑う奴がさ」
「……」
「本当のところは、どうなんだい」
ざぁ、と強い風が吹く。
蛍と松風の間を吹き抜けていく風に、声は搔き消される必要もない。
自ら沈黙を作る蛍は、既にその答えを告げているようなものだった。
静寂。
「まっ、訊かずともわかることだけどさ! 女手一つであんな殺しができるもんかね」
それを破ったのは松風の方だった。
ぱたぱたと片手を振って、重い空気を払拭する。