第22章 花いちもんめ✔
「なんでその名前を…」
竹笠の下から覗く顔。
影になり見え難い顔立ちに、思わず松風と呼ばれた女が歩み寄る。
近付くことでようやく見えた、蛍の顔。
はっとすると、見る間に女は顔から血の気を退かせた。
「あんた…柚霧かい…?」
その問いに、蛍は答えない。
じっと竹笠の下から覗く両目で、松風を見つめている。
それが答えだった。
「本当に柚霧…ッ!?」
つい声が荒れる。
自分で自分の声にはっとすると、松風は足早に蛍に詰め寄った。
「なんであんたが此処に…死んだんじゃなかったのかい…っ」
〝死〟
小声でも耳へ届いたその単語に、ぴたりと杏寿郎と天元の声が止まり目が止まる。
すう、と息を吸い込むと、蛍は竹笠の端を親指で少しだけ持ち上げた。
「やっぱり、松風さんでした。お久しぶりです」
月房屋で働いていた、同じ女郎の一人。
それが松風だった。
「挨拶なんてどうでもいいんだよ、それよりあんた…」
「ご覧の通り、私は生きています。それより教えて下さい。何故月房屋は無くなったんですか?」
「何故って…あんた、何も知らないのかい?」
「知らないから此処へ来たんです」
「…なら知らない方がマシさ」
掴みかかる勢いだった前のめりの体制を正すと、松風は重い溜息をついた。
「何があったんですか。教えて下さい」
真っ直ぐ目を向けてくる蛍を、まるで柚霧とは別人のように見返す。
それでも何度見ても、その目も声も松風の知っている柚霧の名残りを残していた。
月房屋の中で群れず、それでもつかず離れず。黙々と仕事をこなしていた柚霧。
松風の目から見れば、自分とはまるで違う浮世離れした女だった。
だからこそ忘れるはずがない。
「…虐殺さ」
諦めたように重い口を開くと、松風は淡い花畑を見下ろし呟いた。
「三年前、此処で大勢の人間が死んだんだよ」