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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第22章 花いちもんめ✔



「随分静かな所ですね…」

「うん、まぁ。こっちは夜が本場の芸者屋が多いから」

「そうなんですか」


 蛍の予想通り、色町は人気を感じさせない静寂さを見せていた。
 それでも全く皆無な訳ではない。
 買い出しか、誰かの使いか。疎らに見える通行人に余り目を向けないようにしながら、蛍は見知った建物の角を曲がった。


(此処は変わらないな…何年経っても)


 見慣れた石垣の建物を曲がり、奥へと入り組んだ細い通路のような道を抜けた──先。
 其処に月房屋はある。


「今は昼時だから、あの男も店内で休んでいるか、もしかしたら何処かに出かけている可能性も──」


 しれないから、と。
 誰かの耳に届きもしないのに、足音を立てないように慎重に進む。


「──え?」


 蛍の足を止めたのは、その直後だった。


「…姉上?」

「……此処に…」

「どうした蛍。何か可笑しいものでも…」

「此処に、あったのに」


 立ち竦む蛍の目線の先を、杏寿郎と千寿郎が追う。
 其処に建物はなく、代わりに小さな桃色の花が一角を彩るように咲き乱れていた。


「お店が…なくなってる」


 狭い立地に、上へ上へと積み上げたような建物だった。
 その狭い部屋の一室から見下ろす町並みは、同じ花街でありながら柚霧にとって別世界のようにも見えていた。

 外と内の世界は違う。
 此処は女郎を囲う、檻のような場所だと。


「なんで…」


 その月房屋が、なくなっていた。


「よもや…なくなっていたとは聞いていなかったな…」

「兄上、これでは…」

「ああ」


 店がなければ与助の所在も掴めない。
 声を尻窄みさせる兄弟とは別に、蛍は一人花畑の前までふらふらと歩み寄った。

 小さく可憐なコスモスが一面に咲く様は、見る人の心を穏やかにさせるだろう。
 蛍の心境を除けば。


(なんで…)


 思わず膝を着いて、じっと花々を見つめる。
 秋風にコスモスがゆらゆらと揺らめき──

 ぺこり、と。
 一凛のコスモスがお辞儀をするように押し倒された。


「チュウッ」

「…え?」


 花の下から顔を出した、一匹の鼠によって。

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