第22章 花いちもんめ✔
花街へと辿り着いたのは正午過ぎのこと。
始発の列車で辿り着いた先は、駒澤村では類を見ない華やかさを魅せる街だった。
出店のように幾つも並ぶ、茶店や料理店。
そこは駒澤村とも似ているが、違うのは芸者屋も多く見られることだ。
芸妓(げいぎ)業の準備に勤しむ人々の様子を観察しながら、千寿郎はいつもは下がり気味の眉を弾むように跳ね上げた。
「賑やかな街ですね…ッ」
「その分、人混みも多い。はぐれるなよ千寿郎」
「はいっ」
「あ。見て千くん。あそこお芝居やってみるみたい」
「お芝居ですか?」
「こらこら。蛍も、遊びに来た訳じゃないと言っただろう」
蛍の指差す先を興味津々に千寿郎が目で追えば、杏寿郎に窘(たしな)められる。
「そうでした」と思い出すような素振りで頷きながら、蛍は内心考えあぐねた。
(中々に手強いかも…)
勿論一番の目的は与助を見つけることにある。
それでも諦めきれないのが、二人の約束を果たすことだ。
「月房屋だよね。場所が変わっていないなら、あっちだよ」
一先ずは与助が先だ。
もし見つけ出せたなら、能楽を楽しむ時間も作れるかもしれない。
ならば早々に目的を果たすべきだと、蛍は竹笠を深く被ったまま先頭に立った。
(お昼時の今なら、色道も静かだろうし…千くんを連れていっても大丈夫なはず)
身売り屋が幾つも存在する地区への名称は、此処では"色町(いろまち)"や"色道(いろみち)"と呼ばれた。
夜は祭り事のような賑わいを見せる色町だが、こと昼となれば不気味な程に静かな所だ。
道先案内をしながら、竹笠の下からちらりと杏寿郎を盗み見る。
(…そういえば)
月房屋の所在地を調べたと言っていたが、果たしてそれが遊廓なるものと杏寿郎は知っているのだろうか。
此処は見る者が見ればわかる花街だ。
「なんだ?」
視線を感じさせたのか。前を向いていた金輪の双眸が、こちらへと向く。
慌ててぱっと顔の向きを正しながら、蛍は竹笠を被っていることに感謝した。
「ううん、なんでも」
今なら、表情から何かを悟られずに済む。