第22章 花いちもんめ✔
「俺は蛍と未来を歩むことを選んだんだ。それは過去も変わりない。我儘を言えるなら、俺の人生全てに関わって欲しいと思っている」
「…杏寿郎は…強い、ね」
見上げてくる緋色の縦に割れた瞳。
凡そ人ではないその瞳を愛おしげに見つめて、杏寿郎は笑った。
「君だからだ」
蛍相手だからこそ、時に弱くもなり、どこまでも強くもなれる。
「…うん」
わかってる、と言いたげな瞳を伏せて、蛍は俯くようにして頷いた。
(私も、そうなれたらいいのに)
願望はある。
辿り着きたい先も見えている。
なのに簡単には踏み出せないから、己へのもどかしさも募るのだ。
「…家に戻ろうか。蛍も疲れただろう」
場を切り替えるように、手を差し伸べられる。
おずおずと、蛍もその手を握り返した。
昼間のことを一言謝りたい気持ちもあったが、だからと全てを話せるかどうかと訊かれれば簡単には頷けない。
立往生する蛍のその心を汲み取るかのように、杏寿郎は握った手を導き先を歩んだ。
「写真と風鈴は?」
「まだ使うだろう? 置いていて構わない。それより後で鍛錬の詳細を教えてくれるか」
「うん…杏寿郎の方は? あの男は…」
「見つからなかった。痕跡らしきものも何も」
「…そっか」
道場を後にして本家へと戻れば、寝着姿のままそわそわと待機していた千寿郎が、縁側からこちらを伺っていた。
気付いた蛍が小さく手を振れば、ほっと安心したよに笑顔を浮かべる。
「それで一つ、考えたんだが」
千寿郎の下へと辿り着く前に、杏寿郎が一度足を止める。
何かと見上げる蛍へと視線を流す顔には、先程までの柔い空気は残っていなかった。
「月房屋に行ってみようと思う」
「…え?」
反応が遅れたのは、何を言われたのか一瞬理解できなかったからだ。
あまりにも懐かしいその店名を、他人の口から聞いたのは久方振り過ぎた。