第22章 花いちもんめ✔
風鈴を見上げる、絹のような長い黒髪を束ねた女性が一人。安心しきったように、座り込んだまま寄り添い頭を預けている。
焔色の髪をした、若き元炎柱の肩に。
「…母、上…」
父と母だ。
見たことのない二人の景色だった。
なのに自然と目頭が熱くなる。
無意識に上がる手が、光を求めるように伸びる。
踏み出した足が、傍にあったシャボンの記憶を蹴飛ばした。
パンッ
まるでシャボン玉が割れるように、簡単にそれは弾け飛んだ。
連鎖するように次々と割れていく記憶の玉に、蛍の瞳が薄らと開く。
「…杏、寿郎…?」
ぐらりと、影の空間が揺れた。
波を起こすかのように、ざぁっと一斉に退く影が蛍の膝下へと逆流するかのように舞い戻る。
ひっそりと存在感を持っていた金魚の影も瞬くような間に消え去ると、辺りは一変。
道場は月明りに照らされる、いつもの光景に戻っていた。
「む…っすまん、邪魔をしてしまったか──」
もっと見ていたかったが為に後悔も残る。
しかしそれ以上に、蛍の集中を断ち切ってしまったのは自分の所為だと反省した。
申し訳なさそうに告げる杏寿郎の目が、最後まで辿る前に見開いた。
へたりと、後ろに手を着いて膝を崩す蛍には、明らかな疲弊が見て取れたからだ。
「大丈夫かっ」
「う、うん」
急いで駆け寄れば、足場を崩しながらも蛍は目を瞬いた。
「色々、吃驚したのもあるだけ。…帰ってたの?」
「ああ。もう時間も遅い。蛍も今日はこれで終いにしよう」
「え…あ、もう夜っ?」
「時間間隔はなかったのか?」
「あんまり…記憶を見ることに夢中で」
傍で膝を着く杏寿郎越しに、見えた窓の月明り。
慌てて辺りを見渡すと、蛍は心底驚いた顔で頷いた。
時間間隔を忘れる程の集中力。
そして数ある記憶を辿るまでのことを、一度鍛錬を促しただけで実践してみせた。
「(褒めるべきかはわからないが…)どうやら君は、鬼としての才があるようだな」
蛍が手にしているのは、杏寿郎も見知った桔梗模様の風鈴。
そこからあの父と母の記憶を引き出していたのだろう。