第22章 花いちもんめ✔
(あれは…!)
優美にも見える尾鰭は、蛍の体など簡単に包み隠してしまえそうな程に大きい。
何も映していないような真っ黒な丸い魚眼を持つ、それは巨大な黒い金魚だった。
蛍の影から生み出されたというのに、鱗の一枚一枚も、鰭の繊維のような模様も、ぱくりと開く小さな口の中もよくわかる。
まるで本物の金魚のように、ゆったりと蛍の周りを泳ぐ。
牛のような大きさの、立派な影の土佐錦魚だ。
「近付ク。アレ。襲ッテクル」
「! そうなのか?」
「見ル。ダケ。安全」
「…中に入った者を喰らうのか…」
身を乗り出した杏寿郎に警戒心を覚えているのか、ゆたりと鰭を揺らしそれは近付いてきた。
与助を襲った時のような牙は見せていない。
扇のような形に反り返る鰭は見事なもので、広げると背後の蛍はたちまちに見えなくなった。
それは、まるで。
「蛍を守っているのか…?」
こぽりと、気泡のような音を立てて土佐錦魚は鳴いた。
(あれは蛍の感情の暴走で生まれたものかと思っていたが…随所の動きは、個の感情があるようにも見える。蛍が今まで影を操り象ってきたものとも逸脱している)
日輪刀の柄に手を添えたまま、じっと目の前の金魚を観察する。
近付かなければ襲いはしないと政宗は言った。
今こちらを見ている丸い魚眼に、殺意はない。
動きは予想がつかないが、蛍が生み出したものなら今まで見てきた他の鬼が持つ血鬼術とは違うはずだ。
(ならば──)
様子を探るように、杏寿郎はゆっくりと日輪刀から手を退いた。
「俺の名は煉獄杏寿郎! 蛍の師だ!」
「!?」
突然名乗り出した杏寿郎に、驚いたのは肩に停まっていた政宗だ。
一体何を言い出すのかと、杏寿郎と土佐錦魚を交互に見て戸惑う。
「蛍の様子を伺いに来た。敵意はない!」
それでも杏寿郎は構わず、目の前の土佐錦魚に声をかけ続けた。
「危害を加えるつもりも、邪魔をする気もない。しかし蛍が術を発動して長時間が過ぎている。このまま発動し続ければ、鬼であれど倒れてしまうだろう」