第22章 花いちもんめ✔
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外から見る道場は、一見なんの変哲もない。
ひっそりと静まり返っているが、それが真逆に不自然に感じた。
中に人がいれば気配くらいするはずだ。
「…蛍。俺だ。入ってもいいだろうか」
道場の戸の前で一人。
いつもの快活な声が出せなかったのは、夜も更けた頃合いだったからではない。
それでも中に届く程の声で呼びかければ、反応を示したのは鎹鴉の政宗だった。
窓から顔を出すと、上げた杏寿郎の腕にバサリと羽搏き一つで停まる。
「見守りご苦労。蛍の様子は?」
「異変。無シ」
「うむ。それは良いことだ。ならば入っても問題ないな」
「開けるぞ」と一言添えても返答はない。
返事を待つことなく、杏寿郎は戸を開いた。
「……蛍?」
道場の中は真っ暗闇だった。
灯りを置いていないのだから暗くて当然だ。
しかし小窓から入り込む月明りでさえ、道場の闇の中には入り込めずにいた。
全てが真っ暗闇なのだ。
天井も、壁も、床も。
まるで黒い墨で塗り潰したかのように、ぽっかりと開いた四角い空間が其処にはあった。
「これは…」
「影。全部。触ラナイ。ガ。安全」
「…この状態になったのはいつからだ?」
「鍛錬。直後」
「蛍の様子は」
「同ジ。ズット」
「ずっと?」
くい、と大きな嘴(くちばし)を政宗が影の空間へと向ける。
目を凝らせば、光の一切届かない奥底に人の形を成したものが一つ。
「蛍」
目を瞑り、静かに座している蛍だった。
辺り一面は真っ黒な影で埋もれているのに、蛍の体はどこも影に覆われていない。
ただ静かに、其処に座っていた。
見た限りでは、危険視するようなものはない。
政宗が千寿郎に大丈夫だと告げたのもその光景からだろう。
「蛍! 俺の声が聞こえるか!」
声を張り上げてみる。
しかし座したままの蛍は、ぴくりとも動かない。
真っ黒な空間を作り上げている影は異様だが、殺意らしきものは感じない。
戸に手をかけ、中へと身を乗り出す。
「──!」
その時、蛍の後ろでゆらりと動く巨大な影に気付いた。