第22章 花いちもんめ✔
とっぷりと日も暮れた頃。
杏寿郎は静かに、煉獄家の戸の敷居を跨いだ。
「お帰りなさい、兄上」
「うむ。ただいま」
小走りで玄関へと出迎える千寿郎も、もう湯浴みも終えた寝着姿だ。
時間帯故か。静かな声で返した杏寿郎は、玄関口にゆっくりと腰を下ろす。
その背中が何故だかいつもより萎びて見えて、千寿郎は心配そうに歩み寄った。
「遅くまでご苦労様です。お疲れになったでしょう」
「大丈夫だ。特にこれと言ったことはなかったしな」
「と言うと…」
「成果はなかった。例の男も見つかっていない」
「そう、ですか…」
駒澤村の隅から隅まで駆け回ったというのに、それらしい痕跡一つさえ見つけられなかった。
もうこの町にはいないのか。
零れ落ちそうになる溜息をぐっと飲み込んで、草履を脱ぎながら杏寿郎は明るく振り返った。
「蛍の様子はどうだ? 父上は」
「父上は変わらず、部屋から一歩も出て来ようとしません。食事は取ってくださいましたが…姉上は、道場にいます」
「道場? まだ鍛錬をしているのか?」
「はい。影鬼を扱っている最中は近付くなと言われているので、様子を見ることもできず終いで…扉越しに声はかけたのですが。返答はなくて」
「政宗は」
「小窓から顔を出してくれました。姉上は大丈夫だと言われたので、様子見を続けていますが…」
「…ふむ」
鬼であれば、食事も休憩も必要ない。
長時間鍛錬を続けていても、心配にまでは至らないだろう。
それでも。
考える時間は一息ほど。
足袋を履いた足で玄関に上がると、杏寿郎はぽふりと千寿郎の頭を優しく撫でた。
「千寿郎こそ、ご苦労だった。蛍の様子は俺が見て来よう」