第22章 花いちもんめ✔
(…姉上に、しあわせなことが降り積もればいいのに)
自分より大きなはずなのに、小さくも感じる背中に両手を添えて、千寿郎は願った。
今まで蛍が受けてきた悲しみの分だけ、しあわせが降り積もりますように。
蛍が抱えた過去を上塗りできるくらい、温かい思い出で埋め尽くせますように。
どうか──
ちりん
「あっ」
静寂を破ったのは、微かな風鈴の音だった。
千寿郎に握られていた硝子の鐘鈴が、力の抜けた掌から滑り落ちる。
「っ!」
咄嗟に動いたのは蛍ではなく、その足元の影だった。
ぐにょりと頭を擡げた黒い塊が、花を咲かすようにぽんと開き風鈴を受け止める。
「っぶない…よかった」
「すみませんっ」
「ううん、私の方こそ。千くんに甘えっ放しで、なんだかごめんね」
「そんなこと…」
慌てて抱擁を解いた形で、まじまじと千寿郎は蛍の影を見つめた。
昨日影沼に吞み込まれた時は、ただただ混乱の中にいた。
こんなにしっかりと蛍の血鬼術を見たのは初めてだ。
「それが"影鬼"なんですね…」
「まぁ。偶に不安定になるけど」
するすると蔓のようなものを伸ばした影の花が、蛍の掌に風鈴をころりと転がす。
手にした風鈴は、幸い傷一つ付いていない。
ほっと安堵しながら、蛍はじっと桔梗の花が舞う硝子細工を見つめた。
「千くん。これも借りていていいかな」
「え? 風鈴をですか?」
「うん。瑠火さんの思い出がいっぱい詰まってそうだから。きっとこれも役に立つと思う」
「あの、記憶を引き出すという訓練の…」
「うん」
千寿郎に頼んで家族写真の冊子を借りたのも、全てはその鍛錬の為だ。
己の中にある異能の力を知る為に。
そしてもう一つ。
蛍には思惑があった。
(なるべくなら、瑠火さんの記憶を知りたいし…)