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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第22章 花いちもんめ✔



「っ…そんな…」


 そんな哀しいことを言わないで、と。告げようとした言葉を止めて、千寿郎は唇を結んだ。

 蛍の人としての生き方が、誰かに劣るようなものだとは思わない。
 哀れだとも、虚しいとも。

 ただただ泣きたくなるような、言葉にならない感情が渦巻くばかりで。


(そんな姉上だから…僕は、)


 屈強な鬼の身体の内側には、言いようのない悲しみが溢れる程に詰まっていた。
 そんな蛍だから、知りたいと思ったのだ。
 知って、理解して、家族になれたらと。

 しかしそれは千寿郎の思いだ。

 蛍自身が見て欲しくないと言っているのに、他人の思いで上書きすることはできない。


「…人は、死んだら終わりなんです。そこを通過点にして、自分の生死を語れる人なんていません。だから姉上も、上手く話せなくて当然です」


 深く息を吸い込むと、落ち着けと自分を制す。
 悲しみに暮れる自分を前にした時、常に笑顔で手を差し伸べてくれていた兄を思い出して。


「ゆっくりでいいんです。姉上の人生だから。姉上の歩幅で、ゆっくり、いきましょう」

「…千くん…」

「それでも兄上に話せないと思うなら…その時は、私との秘密にしてください」


 小指を立てた手を差し出せば、苦痛を抱えていたような蛍の目が僅かに丸くなった。


「兄上だって、私の知らない姉上の顔を沢山知っているでしょうから。これで、おあいこです」


 兄には悪いことをとも思ったが、それ以上に今は蛍に寄り添っていたかった。
 蛍の深い深いところに抱え込んでいた、心を知ったからこそ。


「二人だけの秘密って、なんだかどきどきしますね」


 下がり眉はそのままに、少し照れ臭そうにはにかむ。
 不安も悩みも吹き飛ばすような、明るい杏寿郎の笑顔とは違う。
 そっと傍らで体温を分かち合ってくれるような千寿郎の優しさに、蛍は下唇を噛み締めた。


「千くん…ぎゅってしても、いい?」


 いつかに聞いた問いかけに、きょとんと瞬いた幼い金輪の双眸が、優しく笑う。


「はい」


 細い腕をめいいっぱいに広げて、抱擁を受け入れた。

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