第22章 花いちもんめ✔
「あの出来事がなければ、まだ私の中では鬼への恐怖の方が大きかったかもしれません」
(…知らないと…怖い…?)
聞き覚えのある言葉だった。
『奇遇だな。俺も君が怖いぞ!』
月夜の散歩道。
口元には笑みを称えて、快活な声で。杏寿郎は蛍が怖いと言った。
何も知らないからこそ怖い。
だから君のことを知りたいと思った、とも。
「誰かの何かを知ろうとするのは、その怖さを埋める為かもしれませんね。その人のことをもっと知りたいという思いは、勿論あるけれど」
「……」
初めて杏寿郎の腕の中で声を上げて泣いた日。
蛍への恐怖は、もうなくなったと笑ってくれた。
杏寿郎に千寿郎のような覚悟が必要ではないことは、もう知っている。
それでも安易に踏み込めるべきでないところへ、手を伸ばし踏み入ろうとするのは。
(私の見る世界を、一緒に見ていたいって。言ってくれた)
前でも後ろでもなく、隣に並んで見ていたいのだと。
人も鬼も関係なく、対等でいたいと願ってくれたからこそ。
「っ…」
「…姉上?」
杏寿郎のあたたかさは知っているのだ。
もう十分過ぎる程に。
蛍の過去を知ったとして、軽蔑したり憐れんだりすることはないことも、わかっているのだ。
交わした言葉や想いの数は少なくはない。
幾度も迷う度に、心と心で分かち合ってきた。
それでも一歩踏み出せずにいるのは。
「…上手く…話せないの」
「え…?」
「千くんが見た、私のことを、杏寿郎に話そうとすると。色んな感情がひしめいて、上手く言葉にできない」
「……」
「怖い訳じゃないの。恐怖は、もうない」
共に怖くなくなったと告げたあの日から。
杏寿郎に曝け出すことへの恐怖はなくなった。
「でも…私が、私に、自信を持てなくて」
歯止めをかけているのは、杏寿郎に知られることへの怖さではない。
自分自身の中にあるものだ。
「殺されるような生き方しかできなかった自分を、見て欲しくない」
惨めで虚しいだけの、自分を曝す度胸がないだけだ。