第22章 花いちもんめ✔
風鈴を見ると、いつも思い出すのは一つの光景だ。
狭い部屋。
色褪せた畳。
鮮やかな赤い布団。
出迎える自分もまた赤い着物に身を包み、しな垂れるように誘う手足を鰭のように揺らす。
ちりん、とか細い音を立てる、煤汚れた風鈴の中の金魚のように。
(…同じじゃないのに)
儚い風鈴の音一つで何を怯えているのか。
あれから何年も過ぎ去ったというのに、体が嫌と言う程憶えている。
その散々たる有り様に軽く眩暈がした。
「風鈴が何か…」
不思議そうに蛍の横顔を見つめていた千寿郎が、はっと目を瞬いた。
抱えていた冊子をその場に置くと、急いで小窓へと駆け寄る。
「すぐに外しますねっ」
「千くん?」
「夏は終わったというのに、いつまでも出しっ放しにしていた私が悪いんですっ」
「…千くん」
「姉上は気になさらず…っ」
「いいの、千くん」
秋風に揺られ涼し気な音色を奏でる。
耳にこびり付いた、か細く哀愁の漂う音色ではない。
「それは、瑠火さんの風鈴だから」
似ていても非なるもの。
そんな些細なものに臆しては駄目だと、蛍は深く息を吸い込んだ。
「ごめんね」
それと同時に後悔を覚える。
そんな些細なことまでも、千寿郎の頭に刷り込ませてしまったことへ。
「見なくてもいいものを、見せてしまって」
「……それは、どういう…」
「私のこと。影沼で色々と見せてしまったよね」
「…姉上も、気付いていたんですね…」
「自分の血鬼術だから。不可解なところも沢山あるけど、説明がなくてもわかることもあるよ」
実弥が影沼に潜り込んで感じたものは、共に蛍も感じていた。
それと同じに、千寿郎の脳裏を支配させたものも知っていた。
「千くんのことだから、安易に周りに話さないとは思うけど…」
「…あれを上手く言葉にできる方法を、私は知りません。でも、だから一歩にもなったと思っています」
「一歩?」
「姉上の鬼であるところも、知りたいと思えた。その一歩です」
千寿郎が柚霧の過去を知ったことへの後悔をしたのは、蛍の人生に無遠慮に片足を突っ込んでしまった気がしたからだ。
しかしだからこそ、生半可ではない決意で蛍と向き合おうと思えた。