第22章 花いちもんめ✔
煉獄家には、炎柱邸にも建て付けられていたような道場がある。
槇寿郎がまず間違いなく足を運ばない為、血鬼術の鍛錬に使えると杏寿郎が勧めた場所だ。
誰もいないがらんとした道場は、炎柱邸で見た時よりも広く感じた。
実際は炎柱邸の方が立派な建て付けをしていたが、それよりも広々と感じるのは闊達な声を張る師が傍にいないからだろう。
(…嫌な態度、取ってしまったかも…)
番傘を差したまま、道場の出入口の前で一人。ぐるぐると回る言葉にならない感情を持て余したまま、蛍は溜息をついた。
思わず出てしまった鬼と人との格差への疑問も、与助以外の話をしたくないと出た拒否も、全て本物だ。
だからといって杏寿郎にあんな顔をさせたい訳ではなかった。
(どうしよう…帰ってきたら、一度謝)
「姉上っ」
「ひゃっ?」
悶々と悩む蛍は、背後の無邪気な気配に気付かなかった。
振り返れば、冊子を重ねて両手に抱えた千寿郎が立っている。
「あ…千くん」
「すみません、驚かせてしまって…っ」
「ううん、大丈夫。なぁに?」
「鍛錬に必要だと言っていた家族写真の冊子です。あるだけ持ってきました」
「これ全部? ありがとう、重かったでしょ」
「そんなに重くありませんよ。これでも鍛えていますし」
受け取ろうと蛍が手を差し出せば、傘を持っているからと笑顔で千寿郎は頸を横に振った。
「それより、姉上は中へ。今日は曇りではありませんから」
「うん」
──ちりん
促されるまま道場に踏み込めば、聞き覚えのある音を耳にした。
ぎくりと固まる蛍の耳に、優し気な音色がまた一つ、ちりんと響く。
目線を斜め上に上げれば、道場の小窓に小さな風鈴が一つ。
秋風に揺られて、爽やかな音を奏でていた。
「……風鈴…?」
「あ、もう季節外れですね。夏には必ず飾るようにしているんですが…母上が気に入って、生前よく飾っていたらしくて」
「……」
「父上の目に触れると機嫌が悪くなるので、此処なら大丈夫かとつい長々と…姉上?」
透明なまぁるいガラスに描かれているのは、青紫色の星型模様の花々。
(桔梗…瑠火さんの、好きな)