第21章 箱庭金魚✔
(人間を、辞めさせた者…)
暗闇の中で、千寿郎の言葉を今一度思い出していた。
その言葉を直訳するなら、蛍を鬼へと至らしめた者ということになる。
しかし人間を鬼に変えられるのは、鬼舞辻無惨だけだ。
『人間は怖い』
蛍と出会って間もない頃。初めて月夜の散歩に連れ出した日、彼女は語ってくれた。
口枷をしていた為に、直に声を聞いた訳ではない。
それでも地面に綴る、控えめな文字から伝わってきたもの。
『人間をくうのは 鬼だけじゃない』
『人間だって 人間をくう』
だから自分は鬼になったのだと。
その言葉の意味を、奥底まで理解するには至らなかった。
だから「人が人を喰うはずがない」と真っ向から否定した。
あの時、蛍はどんな顔でこちらを見ていたのだろうか。
(…思い出せない)
過去の記憶が薄れてしまったからではない。
その顔を見ていなかったからだ。
偶に他隊士から「何処を見ているのかわからない」と視線の行く先を尋ねられることはあった。
それと同じく、蛍と話しながらその目は蛍をしかと捉えていなかった。
人が人を喰らう。
蛍は鬼だという当然の意識の中で話したからこそ物理的にしか考えなかった。
しかし改めて考えてみれば、同族を喰らうことなどいくらでもあり得る。
だから人々は同じ人種であっても争い、いがみ合い、時に殺人も起こすのだ。
人が人を喰らう。
それは何も鬼のように、物理的に身体を喰らうだけではない。
(何故考えなしに言ったんだ。俺は)
あの後すぐに蛍は言ったではないか。
誰も人を殺したくて鬼に成る訳ではない。
それでも鬼に成り果てた途端、憎きものと認識されるのが怖いと。
頸を斬られる、物理的なものへの恐怖ではない。
そんな目で人に見られることが怖いと言ったのだ。