第21章 箱庭金魚✔
『…何を知ったんだ』
『聞いて、どうするんですか。姉上に問いかけるんですか?』
『それは俺自身で見定める。だが何も知らなければ、何も進めはしない』
着替えの着物を受け取ると、杏寿郎は小さな掌を包むように握った。
『蛍を想うが故だけではない。お前一人にだけ抱えさせたくはないんだ。千寿郎』
『…兄上…』
『だから俺にも同じものを抱えさせてはくれないか』
片膝をついて視線の高さを合わせれば、千寿郎の掌の震えは落ち着いた。
応えるように、掌を握り返される。
『…その答えを出せるのは姉上だけです。俺じゃない』
下がり眉はそのままに。しかし、しかと目を向けてくる千寿郎の顔には見覚えがあった。
幼いながらも心に決意を込めた時の顔だ。
そんな千寿郎を説き伏せることは、兄であっても難しい。
『期待に応えられず、すみません。兄上も早く湯浴みを』
『千寿郎』
握っていた手を解いて、頭を下げる。
そのまま脱衣所を後にする千寿郎を、戸の手前で呼び止めた。
『では最後に一つだけ訊かせてくれ』
『なんでしょう』
『あの男は、蛍にとってのなんだ』
もしや、蛍の体を強制的に暴いた男なのか。
切り捨てられない予感に、どうしてもそれだけは無視できなかった。
全てを伝えることはできなくても、せめてそれだけはと。切なる杏寿郎の思いが届いたのか。
戸の前で振り返った千寿郎は、ぽつりと蚊の鳴くような声で告げた。
『姉上の…人間を辞めさせた人です』