第21章 箱庭金魚✔
もし蛍の身体を物理的ではなく、心を精神的に喰らうような人間が過去いたのなら。
そんなこととは知らずとも「そんなはずはない」と即否定した言葉を、あの時蛍はどんな思いで受け止めていたのか。
考えただけで、胸の奥底が裂けるように痛んだ。
あの一夜の出来事で、鬼としての蛍ではなく彩千代蛍自身に興味が湧いたのは本当だった。
初めてその心を知りたいとも思ったし、初めて視線の高さを合わせて真正面からその目を見た。
ただその前に無意識下で、蛍の中に遠慮なく踏み入っていたのも事実だ。
蛍を嫌うはずなどない。
己の想いは変わらない。
そう、京都でのやり取りのように即答すればいい。
しかし早急過ぎる性格の所為で、また知らずに蛍の心を抉ってしまったとしたら。
「……」
胸に顔を埋める蛍を抱きしめたまま。
そう、と、小さなつむじに唇を寄せた。
「──愛している。蛍」
この世で最期に残す言葉のように、噛み締めるように囁いた。
腕の中の温もりは、ぴくりと小さな反応を示した。
蛍の感情は顔が見えない為にわからない。
ただ背中に回された手が、縋るように杏寿郎の着物を握る。
そんな些細な仕草で、心底ほっとした。
知りたいことは未知数だ。
何が正解かはわからない。
だが一つだけ、はっきりしていることはある。
(本当に、あの男が蛍を喰らった者ならば)
月明りも届かない、襖を締めきった暗い部屋の中。
守るべきものを抱きしめたまま、杏寿郎は強い双眸を見開き、じっと虚空を見つめていた。
何も映していない瞳の奥で、燻るように小さな炎が燃えている。
蛍を前に時折見せていた性欲の灯火ではない。
じりじりと魂を焦がし、痛みをも伴うような欲だ。
ただ一人、名も知らぬ男に向けて。
(今度は俺が、あの男を喰らってやる)