第21章 箱庭金魚✔
唯一杏寿郎が興味を示したのは、帰路途中で気付いた潰れた桔梗の花のことだけだ。
あの謎の子供に踏み付けられた、とその場では説明する気力もなくて、ただ「ごめん」と告げた蛍に「気にするな」と杏寿郎は笑った。
命ある花はいつかは枯れる。
辿るべき運命だと。
杏寿郎らしい応えだと思った。
そこに深い意味も見出してはいない。
それでも「永遠の愛」だと告げてくれたからこそ、その愛もまたいつかは枯れてしまうべき運命なのかと。
そう、嫌な方にばかり考えてしまいそうになる。
(なんで何も言わないんだろう…興味が、なくなったの、かな…)
考えれば考える程、暗雲が頭の中に立ち込めるようだ。
「…どうした。まだ眠れないか?」
見透かすように、静かな声が降ってきた。
「ぁ…少し、頭が冴えちゃって」
「今日は色々とあったからな、無理もない。鬼であっても心身共に疲れもしただろう。休める時に休んだ方がいい」
「…うん…」
おずおずと見上げれば、優しい表情がこちらを向いていた。
杏寿郎の言うことは尤もだ。
だがその優しいだけの姿勢が、そわりと蛍の心を波立たせるように撫でた。
「色々と」という言葉だけで済ませてしまう程、杏寿郎にとっては軽いものなのだろうか。
(上手く話せるかもわからないのに…そんなことを気にするなんて。自分勝手だ、私)
訊いたら赤裸々に吐き出せるのかと問われれば、正直わからない。
自分自身が上手く向き合えなかったのだ。
与助があの男達の一人だと認識した途端、殺意は膨れ上がり蛍の感情を支配した。
あの男をこの世から消さなければ。
早く、早くと。
使命感のように駆られた思いは、昔男達に抱いた憎悪が残っていたからなのか。
それとも杏寿郎に昔の自分を知られたくなかったが故なのか。
理由などわからない。
ただ杏寿郎に隠し通せても、それでどうなると言うのか。
柚霧のことを知っている人間は、何も与助一人だけではない。
「……」
「…蛍?」
杏寿郎の胸元へと顔を埋める。
優しく愛情深い瞳を見つめ返せなくて、蛍は固く目を瞑った。
「…ごめん…」