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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第21章 箱庭金魚✔



 過ごし易くなった秋の夜(よ)は、暑さも寒さも塩梅よく心地良い。
 鬼であっても、その心地良さに浸れば蛍の瞼も自然と重くなる。

 それでも今夜はまだ、瞳を閉じられずにいた。

 昼間の出来事を思い出してしまうからではない。
 この心地良い空間に違和感を覚えてしまったからだ。


(……普通だ)


 普通なのだ。

 蛍の体を求める雄としての姿も、それでも時と場合を心得て理性を残す男としての姿も。
 蛍を愛し千寿郎を愛し、その輪の中へ入りたいと子供じみたことをしてしまう姿も。
 かと思えば師や兄としての顔で、二人の立場を尊重し見守る姿も。

 どれもが杏寿郎の持つ顔であり、だがそこにあるべき顔が一つだけなかった。


(なんで何も、訊かないんだろう…)


 杏寿郎の胸元に目を向けたまま、蛍はじっと考え込んだ。

 町中で出会った男は与助(よすけ)と言った。
 名前を思い出したのも、つい先程だ。

 その与助ははっきりと、杏寿郎の前で蛍を「柚霧」と呼んだ。
 柚霧の名前の由来を知っているのは鬼殺隊では実弥のみ。杏寿郎は勿論、知らない。

 知らないからこそ興味は持つはずだ。

 現に、蛍が人間であった頃の話を杏寿郎は聞きたがった。
 人間であった時の蛍と認識のある与助に、無関心な方が不自然だ。


(あの男の言葉が耳に入ってたはずだけど…はっきりわかる言葉では、言ってなかった)


 「柚霧を殺った」と告げた与助の言葉は、どうとでも解釈が取れる。
 殺されたという内容までは明確には伝わっていない。

 不確定要素は多い。
 なのに何故、杏寿郎は何も訊かないのか。

 影から現れた土佐錦魚のこともそうだ。
 血鬼術の変化は今後報告して欲しいと、言われたばかりなのに。

 騒動の後は、千寿郎とのやり取りで精一杯で気にする暇もなかった。
 しかし安心できる腕の中で心を落ち着かせると、浮上してくる疑問。

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