第21章 箱庭金魚✔
「蛍が少しでも飢餓を軽減して穏やかに暮らせるなら、できることはなんでもしたいと思っているが。…無論、嫌なら無理強いさせるつもりもない」
「…それは…ぃゃって、話でも…」
「ならば問題ないな」
「ぇ」
寝床作りの前、杏寿郎が蛍に提案したのは性行為上の体液の摂取だ。
あの時は千寿郎が頸を傾げながら傍にいた為、蛍もはっきりとしたことは訊けなかった。
恐る恐ると問いかければ、爽やかな程の良い笑顔で返される。
「欲の話じゃないぞ。真面目な話だ。俺の精水が蛍の糧になるのなら、喜んで差し出す」
「せ…いすい、って…」
爽やかな杏寿郎とは対照的に、蛍はじわりと頬を熱くした。
よくよく考えれば、本来なら今日こそはと外に連れ出して貰う予定だった。
こそこそと隠れるように逢瀬をするのではなく、堂々と二人の愛の契りを交わせるように。
本来ならこの腕に抱きしめられるだけではなく、抱いてもらうはずだった。
そう思い出してしまえば、顔の熱は更に上がる。
「…そういう顔は駄目だ、蛍」
「顔…?」
「言っただろう。俺だって男だ」
どんな顔をしているのか。わからないと見返せば、近しい距離で眉尻を下げてほのかに笑う杏寿郎がいた。
爽やかさなど消え失せて、小さな溜息をつく。
「…すまん、見栄を張った」
「え?」
「千寿郎の涙が蛍の糧になるなら、俺の体液も糧になるのではと思ったのは本当だ。…だがそれなりな理由を付ければ、遠慮なく蛍に触れていられるだろう?」
大きな掌が、壊れ物に触れるかのように蛍の頬を包む。
「ただの触れ合いだけでなく、こうして」
指の腹が、蛍の唇に触れる。
ふにりと柔らかさを確かめた後、開かせるように唇の隙間に潜り込んできた。
「ん…っ」
被さるように、そこへ杏寿郎の顔が影を落とす。
開いた唇を同じ唇で塞がれて、温かな舌がくちゅりと重なり合う。
情事中に交えるような激しい接吻ではない。
優しく静かに粘膜を絡め合う舌の愛撫に、蛍は気付けば身を任せていた。