第21章 箱庭金魚✔
「最近、ゆっくり共に寝ることができていなかったからな。よければ君の体温を感じたいんだが」
軽く布団を片腕で上げて、入りはしないかと目で催促する。
きょと、とこちらを見ていた擬態した黒い瞳は、途端にわかり易く逸らされた。
「…こ…此処、千くんがいます…」
「俺も流石に弟の前で獣になるような男じゃないぞ」
苦笑混じりに応えれば、更に蛍の目が彷徨う。
それだけ心も迷っているのか。
愛しい人と寄り添い眠りたいと思うのは、自分だけではない。
そう確信できたからこそ、杏寿郎は最後のひと押しをかけた。
「おいで、蛍」
誘うように、甘い声で。
「……」
返事はなかった。
しかし千寿郎の寝顔をそろりと様子見た蛍が、横たえた体制のまま這いずり杏寿郎に身を寄せる。
誘われるように、布団を押し上げた空間へと入り込んだ。
布団を被せると、そのまま蛍の背に手を添えて優しく抱き寄せる。
ぴたりと寄り添う互いの体温に、満足げに杏寿郎の表情が緩んだ。
「久しぶりの蛍だな」
密着する肌と肌。
蛍の足を自身の足の間に挟み、隙間のないように腕の中に閉じ込めた。
久しぶりなのは蛍も同じだった。
柔らかな焔色の髪に頬をくすぐられながら、首筋に顔を埋めてほぅと息をつく。
(…落ち着く)
互いの体温を分かち合っているだけで、余計な心配や小さな悩みなど浄化されていくようだ。
「落ち着くなぁ」
蛍の心情を汲み取ったかのように、緩く笑う。
杏寿郎につられて、くすりと蛍も笑った。
「うん…ずっとこうしていたい」
「ずっとか。それは難しいな」
「? なんで?」
「俺も男だぞ」
多くは語らずとも、その言葉だけで十分だった。
杏寿郎の顔を伺おうとしていた蛍の目が、恥ずかしげに揺れる。
「無論、今は何もしない」
「…そういえば千くんの前でも変なこと言ってたけど…あれ、本気?」
「ああ」
おずおずと切り出した問いに即答で頷けば、蛍の瞳は尚、感情的に揺れた。
「ほ、本当に?」