第21章 箱庭金魚✔
わざわざ涙を零す度に、千寿郎に匙を差し出すのも失礼な気がすると蛍が渋れば、杏寿郎は別の意味で渋りを見せていた。
驚く蛍とは対照的に、千寿郎はやはりと頷く。
杏寿郎が頑なに拒否しているのは、千寿郎の涙を分け与えることではなく、その涙の摂取の仕方だ。
長年弟として傍で見てきたからこそ、千寿郎にだけわかる直感のようなもの。
(兄上も男の人だったんだなぁ…)
しかしこと恋愛に関しての顔は見てこなかった。
改めて兄ではない男としての一面を見た気がして、なんとも肌がこそばゆくなる。
「では涙を取る時、基本そういう形ということで。姉上、いいですか?」
「うん。ありがとう」
「待て。基本と言うならその他の可能性も」
「兄上。私は、兄上ばかりに負担をかけさせたくないのです。力になれるなら、私も姉上の為に何かしたい。二人共、私の家族ですから」
「む、ぅ…」
「千くん…」
姿勢を正し、ぴしりと言い切る千寿郎は、亡き母を思い出させるようだ。
小さくとも覇気のある姿に、杏寿郎はどことなく苦い顔を、蛍は眩い視線を向けた。
「ぜひとも、お世話になります」
「いいえ、こちらこそ。色々と至らない未熟者ですが」
深々と頭を下げる蛍に、苦笑混じりに同じく頭を下げる千寿郎。
まるで籍を入れる前の夫婦のようなやり取りに、自然と杏寿郎の腰が浮く。
しかし行動が幼稚過ぎると、思いとどまり再び座り込んだ。
「そんなことないよ。千くんの涙、なんだか甘じょっぱい感じがして。美味しかったなぁ」
「そ…そう、ですか?」
「うん。癖になりそう」
いつも低姿勢な千寿郎への思いやりが半分、本音も半分。笑顔で告げながら、蛍は未だに肩を掴んでいる杏寿郎へと振り返った。
「勿論、杏寿郎も」
「では」
忘れてはならないフォローを入れようとすれば、間髪入れず身を乗り出される。
今度は杏寿郎の腰もしっかりと浮き上がっていた。