第21章 箱庭金魚✔
嘔吐の気配が全くないのは、精液も涙も蛍の鬼の本能が受け入れている証拠だ。
本当に血液の代わりとなってくれるなら願ったりなこととなる。
「だから泣きそうになったら、ぜひ私に」
「いかん」
「欲し……痛い、かな。それ」
蛍の言葉を遮り否定した杏寿郎の手が、ぐっと再び細い肩を掴む。
痛い程の強さはないが、それでも無視はできない力だ。
振り返る蛍に、杏寿郎はぴくりとも笑わず即否定した。
「涙なら俺のをやろう。千寿郎のは駄目だ」
「ええ…でも杏寿郎泣かないでしょ、全然」
「そんなことはない。俺だって泣くこともあるぞ」
「そう? 私見たことあったっけ」
「蛍が異能開花訓練の己の影で足を滑らせ転倒した時は」
「あれは単に笑い過ぎて涙が出ただけだよねっ杏寿郎思いっきり爆笑してたよね!」
「笑い涙も涙だろう?」
「なんか違う…っこう、なんか…っ凄く複雑な気分でしか頂けない涙な気がする…っ」
異能開花訓練初期の頃。不慣れな術につるりと足を取られ喜劇のように引っくり返った蛍は、それはもう杏寿郎に豪快に笑われたものだ。
その時のことを思い出して、蛍の顔も赤くなる。
同じ涙であっても、味わいさえ変わりそうな程の天と地の差。
ようやく口元に笑みが戻ってきたが、それでも目は笑っていない杏寿郎に、蛍も負けじと反論した。
「そもそもこれは千くんから貰える場合の条件であって、わざわざ杏寿郎から涙を貰う必要ないよ。私だって千くんに無理矢理泣いてなんて思ってないし。もし千くんが涙したらってだけで」
「いかん!」
「…なんでそう頑ななの…」
「兄上は、頑固なところは頑固ですから…」
「うん…それは知ってるけど…千くんへの愛がこう、凄いよね…それも知ってたけど」
「(これは僕というより…)…では、兄上。兄上の血は専用の道具を使って取っていると聞きましたし。私の涙も、道具を使えばいいのでは」
「え? 涙を取る道具?」
「はい。と言ってもそんな専用具ありませんので、匙か何かに取って姉上に飲んでもらうとか…」
「成程ね…。でもそこまでして貰うのもなんか…」
「………匙か…」
(え、考えてる?)
(やっぱり)