第21章 箱庭金魚✔
他油が混入していない良質な椿油となれば、それなりに値も張る。
そういう経験は浅いが蛍は物はよく知っていると杏寿郎は感じていた。
学校に行ったこともないと言っていたが知識量はある。
それは蛍の人間として生きてきた経験が身に付けさせたものだろうか。
「どうぞ」
「うん。…千くん」
「はい?」
両手をお椀のように形作った中に数滴椿油を落とされる。
手をそのままに、蛍は目で問いかけた。
「触れても、いい?」
「え?」
「千くんの髪に」
「それは…」
「私より千くんの方が癖っ毛、強いし。してあげる」
何度か蛍の顔とお椀の手を交互を見た後、千寿郎は照れを残すような顔で頷いた。
触れたい時。触れ合う時。
蛍も千寿郎も、その度に言葉にして確認するようになった。
流血沙汰があったのだ、仕方がないとも思う。
「じゃあ、お願いします」
「はい」
だがその度に声にして初々しくも触れ合う様は、杏寿郎の目にはなんとも微笑ましく。
「…むぅ」
なんとも、むず痒くも感じるのだ。
「千くんの髪の毛、ふわふわの猫っ毛で触ると気持ちいいね」
「そ、そうですか?」
「うん。ずーっと撫でていたくなる」
「そう、ですか…」
ぽぽぽ、と耳を赤く染める千寿郎の後ろ姿に、くすりと笑って。蛍は椿油を掌に馴染ませると、優しく焔色の髪を梳いていった。
つむじから丁寧に髪を指先で梳いて、掌で油を馴染ませ、毛先まで念入りに擦り込んでいく。
最初こそ緊張していた千寿郎だったが、その心地良さに肩の力を抜くと身を任せるように瞳を閉じた。
「なんだか…母上みたいです」
「お母さん?」
「と言っても、こんな記憶はないんですが。女の人に髪を梳いてもらうのは、初めてで」
「…私は、瑠火さんにはなれないけど…でも千くんが望んでくれるなら、この先何度だってしてあげたいな」
「本当、ですか?」
「うん。本当」
少しだけ頸を傾けて視線を後ろへと流す千寿郎に、はにかむように蛍も笑う。
そんな二人を見ていると、なんとも。
「ならば蛍の髪は俺がしよう!!」
「わっ吃驚した…!」
「兄上っ?」
黙っていられなくなるのだ。