第21章 箱庭金魚✔
ひと騒動を起こした参道の民間人への対処は、呼び寄せた近場の隠達に手伝ってもらうことで滞りなく終えることができた。
炎柱の家系である煉獄家が代々建つ村である。
鬼殺隊を理解している者も少なくはなく、それが滞りない要因の一つとなった。
煉獄家に帰り着いたのは、夕食を取るには遅い時間帯。
それでも相変わらず槇寿郎は部屋にこもりきりだったが、帰宅の旨を伝えに杏寿郎が足を向ければ、珍しくも襖が少しだけ開いた。
目の合った父の視線は変わらず冷たく、すぐにパシンと閉められてしまったが、杏寿郎を笑顔にさせるには十分だった。
あの父上が少しずつだが息子にも目を向け、興味を示してくれている。
きっかけはやはり蛍だろうか。
千寿郎の怪我は予想以上に浅く、手当てを終えれば家事もそつ無くこなせた。
蛍の顔の怪我は帰宅中にすっかり完治し、驚く千寿郎とは裏腹に杏寿郎は内心ほっとしていた。
いくら治ると言っても、好いた女性の顔の傷など見ていたいものではない。
ただ千寿郎に手を引かれて帰宅した蛍は、借りてきた猫のように大人しかった。
昼間の行いを悔いているのか、また傷付けてしまう恐怖は尾を引いているのか。
人間の姿に擬態していても、墓参りに出向く前の屈託ない接し方は減っていた。
相反して、千寿郎は何かと蛍に目をかけ声をかけるようになった。
元々は勉強家であり真面目な性格でもある。
学びたいと告げたことを有言実行しようとしているのだろう。小さな弟の姿は、兄の目にはとても頼もしく見えた。
その成果か。夕食と入浴を済ませ、一日の疲労をゆっくりと体から放出させ終えた頃には、蛍も幾分明るさを取り戻していた。
「姉上。どうぞ、これを」
「これ、椿油?」
「はい。母上がよく使っていたものです。私も癖毛が強いので、偶に使っているのですが…よろしければ」
「使っていいの? こんな高価なもの」
「髪油は使う為にあるんです。逆に使わないと勿体ないですよ」
「…確かに」
入浴を終え、ほかほかと上気した肌にふわふわと柔らかに揺れる髪。
そういえば。と千寿郎が持ち出したのは、純度の椿油だった。