第21章 箱庭金魚✔
「怪我は…っ」
「その、顔の傷は…」
駆け寄る二人の目は、蛍の顔を捉えた途端に固まった。
その視線を受けて、改めて自分で自分の皮膚を裂いてしまったことを思い出す。
ぐ、と口角を引き上げると、蛍はなんでもないと笑った。
「大丈夫。此処に出た時に、壁にぶつけてしまって」
「ぶつけた怪我ではないな。…自分でやったのか?」
「ちが…」
杏寿郎の洞察力の高さは知っている。
それでも違うと笑えばよかった。
なのに上手く笑えなかった。
目の前で横に振った掌。
その爪先についた赤い自分の血が、千寿郎を傷付けた時と重なって。
「…心配、かけて、ごめんなさい」
口角が下がる。
明るく努めようとしたのに、できなかった。
明るく努めることも、なんだか違う気がした。
「迷惑を、かけて、ごめんなさい」
一方的に迷惑をかけて、逃げ出したのは自分だというのに。
最初にすべきことは笑顔を見せることではない。
力なくその場にうずくまるように座り込む。
花束を傍らに置いて両手を地につくと、蛍は深く頭を下げた。
「怪我をさせて、ごめんなさい」
額を地面に擦り付けそうな程の土下座に、杏寿郎は咄嗟に口を開いた。
それも音を立てることなく止まる。
「ごめんなさい…千くん…」
蛍のその謝罪を止められるも、口出しできるのも、他の誰でもない千寿郎だけだからだ。
「大した傷じゃないです。出血もすぐ治まりました」
「でも、怪我は怪我だよ」
「それなら姉上の顔のそれだって。怪我は怪我です」
杏寿郎の背から下ろされた千寿郎が、そっと蛍に歩み寄る。
目線を合わせるように、膝をついて屈み込んだ。
「帰って手当てしましょう」
「私は、そんなことしなくても治るから…」
「体は、そうですね。でもそれ以外のものは違います」
「…っ」
「怪我を負ったのは私だけじゃありません。…姉上だって」
それ以外のもの、と聞いた蛍の体が強張る。
その様子を千寿郎は太い眉を下げて見守った。
体以外のもの。その心を傷付けてしまったのは、千寿郎も蛍も同じだ。