第21章 箱庭金魚✔
「無論、心得ている。やはり俺も」
「っいえ、駄目です。兄上は呼ばないでください。姉上は僕が呼びます」
「しかし」
「姉上の名前を呼べば、あの人に気付かれる可能性があります。悟らせては駄目です」
「…そこまであの男に拘るのは、やはり何かを知ったんだな」
「……」
「今は時間がないから何も訊かない。だが後で話せよ、千寿郎」
「…それは…」
支えとして杏寿郎の肩を掴む小さな手に、力が入る。
それに気付かぬふりをして、杏寿郎は再び駆け出した。
「カァ!」
「要か」
「不審ナ男ハ見当タラズ!」
「何処にもか?」
「イナイ!」
そこへ沿うようにぴたりと横について飛ぶ要が経過報告を知らせにきた。
鴉は驚く程視力が良い。
人間には見えない色を捉えることができる為、遠く離れた場所からでも、夜の闇の中でも、目的物をはっきりと捉えることができる。
鎹鴉となれば、その能力も秀でている。
長年苦楽を共にしたからこそ要の実力も知っている。
その要が、一瞬の隙に消えた一般人を見つけられないなど。
杏寿郎は思わず眉を顰めた。
(まさか蛍が手を下したのか? いや、だとすれば政宗が気付くはず──)
「ガァア!!」
「む! 政宗か!」
そこへ見計らったように、もう一つの黒い影が弾丸のように突っ込んできた。
静かに飛ぶ要とは対象的に荒々しく羽搏き主張するは、蛍の捜索を任せていた政宗だ。
「政宗! 蛍を──」
「姉上!」
杏寿郎がその居場所を尋ねるより早く、千寿郎が身を乗り出し叫んだ。
千寿郎の視線の先。
杏寿郎が立つ建物の三棟先に、その姿はあった。
建物と建物の隙間から、恐る恐る出て来ようとしている。
しかし日傘を持っていない身では躊躇するのか、出入口前で足を止めた。
一歩、先へ踏み出すことができずにいる女性の姿。
「蛍!」
「姉上…ッ」
とんっと瓦の上を跳ぶと、杏寿郎は一直線に地面へと下り立った。
見たところ蛍の近くにあの男の姿はない。
巨大な土佐錦魚も、渦潮のような影沼も。
ただ小さな花束を抱いた姿で、一人こちらを見つめていた。