第21章 箱庭金魚✔
「ここのぉつ」
顔の中心にある右目。
黒目が大きいのか、目を細めればほとんど真っ黒な色に瞳は塗り潰される。
闇のようなその瞳にじっと見据えられると、何故だか目を逸らせなくなった。
身動きができない蛍に、頬にある口が裂けるようにして笑う。
「とぉ」
──くしゃ
蛍を我に返らせたのは、儚い命が潰れる音。
にじり寄る子供の足で、踏み付けられた桔梗の花だ。
潰されてしまったそれを視界に捉えた途端、体が弾けるように動いた。
「あ…っ!」
悲痛にも似た声を上げる蛍に、びくりと子供の体が下がる。
足の退いたそこには、花弁もがく片も潰れてしまった桔梗の散々たる姿があった。
「嘘…っ」
拾い上げても何も変わらない。
それでも蛍は声を震わせた。
ただの花ではない。
杏寿郎がその想いと共にくれた花だ。
無残に踏みにじられたそれは、杏寿郎の想いも共に潰してしまったようで愕然とする。
(どうしよう。どうしよう。潰れてしまった)
どうにか戻らないかと、ぺしゃんこに潰れた花弁を摘まむ。
(治さないと。直さないと)
なおさないと。
形が、想いが、潰れてしまう。
(戻さないと…ッ)
『ならば俺の君への想いも、永遠の愛なのだと思う』
あの愛が。
消えてしまう。
「…っ」
いくら触れたところで一度潰れたものは戻らない。
形あるものも、形ないものも。
壊れる時はいつも一瞬だ。
「──ぇ」
花弁を握る指先が止まる。
「ぁ──ぇ」
聞こえたのは、まだ幼さの影が残る声。
「──ぅぇ」
微かにだが、確かに届いた。
その声に、恐る恐ると蛍は顔を上げた。
「姉上…!」
必死の思いで呼ぶその声は、確かに自分を呼んでいたからだ。
「…千、くん?」