第21章 箱庭金魚✔
深く俯けば、先の騒動でほつれていた髪から、桔梗がするりと滑り落ちる。
音もなく地面に落ちる桔梗が、俯く蛍の視界に入り込んだ。
「おに…お、に?」
「ごめん…鬼なんて、言って…鬼は、私なのに。ごめんね」
「おに…」
「ごめん」
鬼と決めつけようとした子供に向けたとしても。
傷付けてしまった千寿郎に向けたとしても。
一度堰を切ると止まらなくなった。
「ごめん…っ」
両手で顔を覆う。
隠すというよりも、鷲掴むように。
肌に喰い込む鋭い爪が、皮膚を裂いて血を滲ませた。
(こんなものじゃない。千くんの痛みは)
こんなもの掠り傷でしかない。
千寿郎に負わせた傷に比べれば。
どんなに怪我を負おうとも、自分は目を瞬くような間に治るのだ。
所詮は、鬼だから。
「ち。ち、ちっ」
頸を傾げてばかりいた子供が、不意に騒ぎ出した。
蛍の頬から滲む血に、怯えるかのように身を震わせる。
「え……あ…ごめ、ん」
子供であれば、怪我に恐怖しても可笑しくはない。
突然の変化に戸惑いつつも、蛍は両手を顔から離すと小さく息をついた。
自分を傷付けたところで何も解決などしないというのに。
それと同時に悟る。
血に恐怖を抱くということは、目の前の存在は鬼ではない。
さながら異形児として産み落とされた子供なのだろう。
「…君、帰る場所があるなら、もうお帰り。私と一緒にいたら駄目だよ」
「ち…」
「大丈夫。こんなもの、すぐに治るから」
「…もう、」
「?」
「いい? もう。もう、いい?」
「もう…?」
その問いの意味がわからなくて、蛍は眉を顰めた。
「もういい? もう、いい?」
「なんのこと?」
「ひとつ。ふたつ。みぃっつ。よっつ」
不意に数を数え出した子供は、先程までの辿々しさが嘘のように流暢だった。
歌うように数えながら、一歩。更に蛍に近付く。
「いつーつ。むっつ。ななーつ。やぁっつ」
のっぺりとした皮膚に、歪に目や鼻や口が並ぶ顔。
それがすぐ触れ合えそうな程、目の前にある。