第21章 箱庭金魚✔
ひた、とそれは足音も立てずに歩み寄ってきた。
泣いているかのようにも聞こえる蛍の声に、興味を示すように。
ひたり、ひたりと様子を伺い近付いてくる。
「ごめ…」
「…ご。め」
「──!?」
蛍が異変に気付いた時、あと一歩踏み出せば触れられる距離にそれはいた。
蛍の言葉をなぞるように、ぽつ、ぽつ、と落ちる声。
驚き振り返った蛍が見たのは、暗い路地裏の奥から忍び寄るように出てきていた小さな子供だった。
見覚えがあったのは、その強烈な容姿だ。
千切ったかのような、ざんばら髪。
その下には、凡そ人とは言い難い〝顔〟がある。
(お昼に見た子供…っ)
あの時とは違い、すぐに気付かなかったのは血の臭いがしなかったからだ。
子供が手にしていた瀕死の小鳥の姿もない。
尽きかけていた命の灯火は消えてしまったのだろう。
「ごめ。ご。め?」
身長は千寿郎よりも低く、背格好だけで言えば五、六歳程。
左頬を裂いたかのように付いている唇が、何度も蛍の言葉をなぞっている。
真似るように復唱しながら、時折頸を傾げて。
「…っ」
強い衝撃と恐怖に、蛍は息を呑んだまま反応を示すことができなかった。
それ以上蛍が言葉を発さないと悟ったのか、謎の子供は今度は蛍の持つ花束に興味を示し始めた。
更に一歩、踏み出す。
伸ばした手は、赤子のように小さい。
「だ、駄目っ」
その手が花束を掴みかけて、ようやく蛍の体は弾けるように動いた。
咄嗟に花束を持つ手を、遠ざけるように伸ばす。
「大事な花なのっ」
「…は。な」
きょとん、と顔の中心にある片目が花束を見つめる。
「は、な。はな。はな」
初めてそれが「花」だと知ったかというように、花束を指差しては何度も告げる。
「はな。はな、はな」
大の大人の言動であれば不気味にも映っただろう。
しかし相手が小さな子供だと思うと、奇妙ではありながらも不思議と納得してしまった。
(この子…嫌な感じは、しない)