第21章 箱庭金魚✔
愛嬌のある小さな口。
何を考えているのかわからない丸い瞳。
光の反射で煌めく美しい鱗。
ゆらりと大きな鰭を靡かせ泳ぐ様は、とても優美で。
「忘れるなってこと…?」
あの身売り屋の狭く小さな部屋を、思い出す。
女郎は金魚だ。
狭く小さな、定められた水槽の中でしか生きていけない。
与えられた餌だけを食べ、与えられた水の中だけで生きる。
だからその中だけでもと美しくあり続けるのだ。
他者の目を魅了できなければ、生きる価値はない。
(他人に寄生することでしか生きられない…)
こぽりと、小さな口から気泡のような音を奏でる。
目の前の優美な金魚にとって、この世界そのものが水槽ならば。
「…私に…寄生して、生きるの」
美しい尾鰭背鰭を揺らすのは、自分の為か。
目の前の金魚を責めたところで何かが変わる訳でもない。
それでも傍に居続ける土佐錦魚を見れば見る程、柚霧であった自分を思い出してしまう。
「…消えて」
見ていたくなどない。
再び膝に顔を埋めれば、こぽ、と小さな気泡が鳴った。
小さくうずくまる蛍をじっと見下ろしていた土佐錦魚は、不意にゆるりとその場で回り始めた。
大きな円状の回転から徐々に輪を小さく変えていくと、ふるりと鰭の間からそれは姿を現した。
蛍の鼻先をくすぐったのは、優しい花の香り。
(あっ)
埋めていた顔を上げれば、ふわりと落ちてくる。
白い二本の薔薇を中心に作られた小さな花束。
男への憎悪で、手に持っていた花束のことは忘れていた。
てっきり落としてしまったのだろうと思っていたものは、土佐錦魚に拾い上げられていたらしい。
咄嗟に花束を両手で受け止める。
その姿を見届けると、役目は終えたと言うかのように土佐錦魚の鱗がはらはらと剥がれ始めた。
一枚一枚、空気に溶け入るように。
静かに消えていく。
やがては蛍だけが一人、その場に残された。
「…千くん」
小さな花束を見つめる。
儚く可憐な花々を懸命に空へと伸ばす姿は、才を持てずとも懸命に前を向こうとする少年と重なって。
「…せん、くん…」
喉が震えた。