第21章 箱庭金魚✔
複数人でいることもあるが、必ずその顔が映像にはあった。
(この、人は…)
知っている。
面影を見たことがある。
『じゃあな、柚霧。一度はお前を抱いてみたかったけどよ。残念だ』
つい先程、蛍が殺してと罵っていた男だ。
「っ…」
息はできた。苦しくない。
しかし次々と襲い来るように脳裏に焼き付く映像に、千寿郎は頭を抱えた。
暗い廊下の先には、罵り合う男達の異様な姿があった。
群がるように押さえ付けていたのは、抵抗らしい抵抗もできない女一人。
誰ともわからない程に顔を潰された女へと、無情におはぎを捨て去る。
「っぅ、ぁ、ぁあ…!」
絶望。憎悪。焦燥。侮蔑。
諦念。恐怖。狂気。殺意。
感情の一部が流れ込んでくるかのように、千寿郎の頭を支配し塗り潰そうとする。
頭を抱えたまま絞り出すような悲鳴を上げる千寿郎の、その耳に。
「──やめて」
誰かの手が重なった。
「千くんは関係ない」
後ろから両耳をそっと塞がれる。
背中に当たる、誰かの体温。
あんなにも脳内で煩く巡っていた映像が止まる。
胸を突き破るような痛みも、傷を負った腕の痛みも感じない。
「…ごめんね」
耳は塞がれていたのに。
小さな小さなその声は確かに届いた。
(あ──…)
振り返ろうとした。
その前に、体が再び水流に流される。
前へ前へと押し流す勢いに、背中の体温が離れる。
耳を塞いでいた優しい手の温もりも消えて、体が浮上していく。
「あね…っ」
懸命に振り返ろうとした。
どうにか頸を曲げて見えた、視界の端。
何もない暗い水底で一人見上げている──蛍の姿が、見えた。
「杏寿郎の所へ、返して」
「姉上…!」
藻掻いた手は何もない宙を掴む。
ざぁ、と波飛沫のような音を耳にしたが最後、視界は光に包まれた。