第21章 箱庭金魚✔
「蛍…ッ!?」
真正面から衝突する土佐錦魚が、頭から蛍を喰らう。
杏寿郎の声を最後に、頭から飲まれた蛍はどぷりと土佐錦魚諸共、地の影に潜り込んだ。
「あ…っにうえ…!」
「っ千寿郎…!」
渦潮のように黒い波間が渦を巻く。
近くにいた千寿郎をも飲み込むそれは少年の体を沈ませた。
咄嗟に手を伸ばす千寿郎に、杏寿郎もまた力の限り腕を伸ばす。
しかし二人の指先が触れ合う前に、瞬く間に黒い渦潮は千寿郎を巻き込み地中へと流し込んだ。
「待てッ!」
二人を飲み込んだ影は跡形もなく消え去る。
咄嗟に地面に日輪刀を突き立てるも手応えは何もない。
ギリと歯を食い縛り、杏寿郎は尚も声を張り上げた。
「蛍ッ! 千寿郎ッ!!」
二人は一体、何処へ消えたというのか。
──ゴポッ
(息、が…ッ)
まるで濁流のようだった。
強い水の力に押し流され、抗うこともできずに体が底へと沈み込む。
ごぽりと口から僅かな空気が漏れ出てしまう。
苦しげに気泡を吐いた千寿郎は、腕の痛みも忘れて藻掻いた。
出なければ。
水の上に。
兄の所へと。
そもそもこれは水なのか。
蛍の影ではないのか。
(姉、上)
混乱の中でも思い出したその姿に、目を開く。
目の前は影による闇一色かと思ったが、透き通るように視界は良好だった。
「!?」
見えたのは知らない世界。
知らない景色。
知らない顔。
『だからオレは反対したんだよ。菊葉に一服盛るのは止めようって』
目の前に映し出されているかのように、脳裏に入り込んでくる幾つもの映像。
『まさかこいつに全部聞かれちまうなんて…ッ』
全ては千寿郎の知らない世界。
なのに何か違和感が残る。
『しかし女は馬鹿だよなァ。下手に抵抗しなけりゃ、此処で十分なおまんま食って生きていけたってのによ』
暗く長い廊下の端。
無数の男達と見せる動揺。
血に染まった手で握るおはぎ。
全ての映像は時間も場所も違うというのに、出てくる者は全員同じ顔をしていた。