第21章 箱庭金魚✔
何故急に蛍は変貌したのか。
あんなにも明るくふざけもして優しかった彼女が。
何より人智を超えた能力(ちから)を目の前にして、咄嗟の判断がついてこない。
「千寿郎! そこから離れろ!!」
兄の忠告が遠く聞こえる。
兄は鬼殺隊だ。
その兄が危険視するものと言えば、ただ一つ──鬼。
(姉上が、鬼に?)
違う。
元から蛍は鬼だった。
ただ千寿郎は一度も強くその認識をしたことがない。
色鮮やかな縦に割れた朱色の瞳を見ても。
日差しを嫌うように避ける姿を見ても。
初めて出会った時から、蛍は一度だって牙も爪も見せてこなかったのだから。
「……して…」
ただ一点。杏寿郎が抱えた男だけを見据える蛍は、日傘の下で鮮やかな赤い瞳を見せていた。
「殺して…早く…殺、して…ッ」
牙を覗かせる唇からは、ぶつぶつと小さな声が漏れている。
その声は、殺せと命じながらも震えていた。
「お願い…っ」
怒りを含ませながら。
それでもその声は震えていたのだ。
「っ…姉上!」
きゅっと唇を噛み締める。
震える足を、千寿郎は意を決して踏み出した。
「っ──!?」
「落ち着いてください姉上…!」
飛び付くように、少年の体が後ろから蛍を抱きしめる。
腹部に感じる衝動に、蛍の赤い瞳が見開く。
それは反射に近かった。
振り返る動作と同じく、びきりと尖った鋭い爪が風を切る。
「ぁ…ッ!」
ざしゅ、と皮膚を裂く音。
上がる小さな悲鳴。
ぱっと飛び散る赤が、蛍の目の前で舞った。
「ッ千寿郎!!」
杏寿郎の怒号のような声が響く。
それよりも蛍の目を釘付けたのは、倒れる少年の姿だった。
「……ぇ…」
手放された日傘が、音もなくふわりと浮いて地に落ちる。
真っ赤な瞳が太陽を遮る空の下。
動揺で揺れた。
「千、くん…?」
地面に座り込むようにして倒れている千寿郎の片袖が、赤く染まっている。
庇うように腕を引きながら、千寿郎は痛みに顔を歪めた。
「ぁ…っ」
蛍の顔から一気に血の気が退いていく。
震える声は弱々しく、唇の隙間から零れ落ちた。