第21章 箱庭金魚✔
それでも蛍より遥かに多く場数を踏んできた柱。
すぐに頭を切り替えると、杏寿郎は背後で尻餅をついたままの男を肩に担ぎ上げた。
「うえ…っ!? な、何すんだお前!」
「突然の無礼は謝る! だが死にたくなければ大人しくしていて欲しい!」
「ッし、死ぬっ!?」
「見ての通りだ!」
土佐錦魚は杏寿郎を狙ってはいない。
その後ろで隠れている男だけに牙を剥いていた。
(となれば、いの一番にこの者を追ってくるはず!)
男を担いだまま、距離を取るように杏寿郎が後方に跳ぶ。
並ぶ商店の屋根へとひらりと飛び乗れば、案の定土佐錦魚は追ってきた。
現時点で蛍が広げられる影の範囲には限りがある。
その境界線を越えてしまえば、蛍自身が歩みを進める他なくなる。
それが杏寿郎の狙いだった。
昼間に比べて多くはないが、それでも人が疎らにいる参道。
尚且つ、蛍の傍には千寿郎もいる。
彼らから危険を引き離すと同時に、男という餌につられた蛍を人気のない場所で押さえる。
そういう算段だった。
「む…ッ(可笑しい)」
しかし屋根伝いに距離を開けど、土佐錦魚は未だ牙を剥き、蛍もその場から一歩も動いていない。
杏寿郎の計算が正しければ、もう限界距離は越えているはず。
(新たな術式故に移動距離も伸びたのか…っ?)
「ひぃっ!」
わからないことだらけだが可能性としては考えられる。
そもそも鬼の術に人間の常識など通用しない。
迫り来る、牛のように巨大な土佐錦魚。
男を頭から齧り取ろうとする牙に、足場の瓦を砕かないよう注意を払いながら杏寿郎は身を低くし、足先から滑るように躱した。
一瞬にしてその場の空気が緊迫したものに変わる。
「ぁ…姉、上…」
突然の出来事に、千寿郎だけが一歩も動けずにいた。