第21章 箱庭金魚✔
じっと見開いたまま見下ろしていた蛍の瞳が、日傘の暗がりの中で赤みを帯びる。
人に擬態していたそれが瞬く間に眼孔を縦に割ると、ぴしりと空気が軋んだ。
「…おれじゃない?」
その言葉の意味さえわからないというように。
蛍はゆらりと頸を傾げた。
「おれじゃないなら、なんで姉さんは死んだの」
実際に手を下した者が誰かなど、そんな陳腐な答えなど聞きたくはない。
「おれじゃないなら、なんで私は人を喰ったの」
あの場にいた全員が、他者の死を前にして見て見ぬふりをした。
蛍にとっても姉にとっても、あの場の全員が殺人者だった。
「人を…喰った…? ば…化け物、かよ…」
対する男の反応は違っていた。
蛍の問いではなく、その内容に顔を引き攣らせる。
弱々しくも漏れた男の本音が、蛍の胸を抉り刺した。
( 化け 物 ? )
男の言っている言葉の意味がわからない。
こいつは何を言っているのか。
自分達の私利私欲の為に女を手駒にし、搾り取るだけ搾り取ったら腐敗物のように踏み躙る。
そうしてきたのは目の前の男だと言うのに。
踏み躙った後はただ捨てるだけ。
心と体だけでなく、その命さえも。
「 化け物、は 」
ぴしりと空気が軋む。
蛍の足元の影が、太陽の出ていない薄暗い天候の中で、濃く浮かび上がった。
「 どっち だ 」
影が沸騰するかのように、ぼこりと気泡を生む。
黒いシャボン玉の半球のように影の上に浮かんだそれは、薄い薄い膜を限界まで引き延ばして──
ぱちんと割れた。
──ザァッ!!
「(いかん!!)ッ壱ノ型!」
割れた気泡が合図となり、噴き出すように蛍の足元からドス黒い波が溢れ出る。
即座に反応したのは杏寿郎ただ一人。
鞘袋の紐を解き日輪刀を瞬く間に抜刀すると、炎を纏い振り抜いた。