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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第21章 箱庭金魚✔



 三年も前のこと。
 それでも振り返れば、つい昨日のことのように蘇る。

 絶望と、憎悪と、焦燥(しょうそう)と、侮蔑(ぶべつ)と、諦念(ていねん)と、恐怖と、狂気と、殺意と。
 あらゆる感情が混沌の中に巻き起こりながら消えていった。
 この世に神や仏などいないのだと悟った瞬間、死という奈落に突き落とされた。

 忘れたことなどない。
 忘れられるはずがない。

 肉体が人間を辞めたと同時に、心まで鬼と化したあの日のことを。


「オレを…オレ、を、殺しに来たのか…? オレは何もやっちゃいねぇ…ッ言われたことをやっただけだ!」

(言われた、こと…?)


 鮮明に蘇る記憶は、男達の断末魔も充満する血の臭いも肉体を抉り取る感覚も憶えている。
 しかし男達一人一人の顔までは憶えていない。
 全てはすぐにただの肉塊へと変えてしまったからだ。

 あの血の海に、この男もいたはず。


「オレは菊葉にだって手をあげちゃいねぇ…ッ言われた通り、お前を埋めようと…ッ」

(──そう、だ)


 朧気だった記憶を繋げられたのは、節分時の影鬼のお陰だった。
 あの時影沼に潜り込んだ実弥が見た柚霧としての記憶を、蛍も感じていた。

 柚霧として、同時に彩千代蛍という人間が終わりを告げた日。
 あの時、瀕死の柚霧を月房屋の裏手に埋めようとしていた男は三人。
 そのうちの二人は、無惨に目も当てられないような酷い死に方を余儀なくされた。

 残る一人は。


「オレじゃねぇ…オレじゃねぇんだ…お前を殺(や)ったのはあいつらで、オレじゃねぇ…っ祟らないでくれ…ッ」


 両手を合わせながら必死に頭を下げてくる。
 荒げていた声も弱々しいものへと変わり、今にも泣き出しそうだ。

 地に足を着け立っている女に、地べたに頭を擦り付けて恐怖する男。
 その空気は異様なもので、杏寿郎も足を止めた程だった。
 後ろから続く千寿郎も小さな口をきゅっと閉じる。


「……」


 ただ一人、蛍を除いて。

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