第21章 箱庭金魚✔
「へえ。良い"べべ"着てるし、さぞや立派な御家柄のお嬢さんなんだろうなぁ」
舐めるような視線が、蛍の持つ日傘や着飾る和洋折衷の服装に向く。袖から胸、胴、下半身へと。
あからさまに欲を含んだとわかる言動に、蛍は口を噤んだ。
見られることには慣れている。
なのに何故か男の目には寒気しかしない。
「こんな日に傘を差して隠すなんて、折角の衣装が勿体無い」
「…あの。落し物はお渡ししましたので、私はこれで」
「待ってくれ」
「っ」
「折角だ、礼がしたい」
踵を返して去ろうとすれば、男の手が蛍の腕を掴んだ。
「名前を教えてくれねぇかい?」
日傘で隠れる蛍の顔をよく見ようと、身を乗り出して覗き込んでくる。
男の下心が混じった視線と傍でかち合い、蛍ははっきりと嫌悪感を覚えた。
「すみません。人を待たせていますので」
声も冷たく切り捨てれば、男の細い両目が見開く。
じっと穴が空く程にこちらを見てきたまま微動だにしない為、掴まれた腕が解けない。
「あの、」
離して下さい、と。握り潰さないように強めの力でその手を掴もうとすれば、ひゅく、と男の喉が震えた。
「…柚霧…?」
震える声で告げられた。
自分のものではない、自分の名を。