第21章 箱庭金魚✔
「行こう、千くん」
極自然に向けられる掌に、誘う笑顔。
其処には触れることに一線を引いていた蛍の姿はなく、気付けば千寿郎も自然とその手を握り返していた。
はむりと、小さな匙(さじ)が同じく小さな口に吸い込まれていく。
両手で頬杖を付いたまま、蛍はじっと目の前のその様を見つめていた。
「美味しい?」
「はい、とても」
「そっか」
ソース一滴さえも口にしていないというのに。運ばれてくるライスカレーやカツレツやサンドウィッチに一番目を輝かせていたのは蛍だ。
千寿郎が今し方口にしたプリンも同様に。
さも自分が食べているかのように笑顔を向けてくるものだから、千寿郎は気恥ずかしそうにこくんと口内のプリンを飲み込んだ。
甘いカスタードの味と同じく、なんだか胸の辺りも甘くなる。
「このプリンのお皿、贅沢だね。果物も色々乗ってるし…これはなんだろう?」
「チョコレイト、というものです」
「ちょこれいと?」
「これも西洋のお菓子ですね。私も聞いたことがあるだけで、食べたことはないんですが…」
プリンに添えられた、小さな茶色の丸いボール。
見た目は味気ないそれを、ぱくりと千寿郎の口が頬張る。
途端に下がり気味の眉がぴんと上がり、んっと弾む声を漏らして高揚した。
「おいしいっ」
まじまじと小さなチョコボールを見て呟く少年の目は、先程の蛍のように輝いている。
「え、そんなに美味しいの?」
「はいっすごく甘いです」
「おしるこみたいな?」
「おしることはまた違う甘さで…なんと言うか…こう、ぎゅっと凝縮されたような。強い甘味で」
「ぎゅっと」
「なのに口に入れた途端に、舌の上で全て溶けて消えてしまうんです」
「液状じゃないのに?」
「難しいですね…いっそのこと姉上にも食べて欲しいです」
「じゃあ匂いだけ貰おうかな」
「匂い?」
頬杖を解くと身を乗り出す。
千寿郎の口元に顔を近付けると、蛍はすんと僅かな残り香を吸い込んだ。
「ん。ほんのり、甘い」
「えっわかりますか?」
「うん。千くんのその笑顔と合わされば、蕩ける程の美味しさが伝わってくる」