第21章 箱庭金魚✔
「……」
その輪に入ることなく、遠目から見つめていた大きな瞳が哀しみに暮れていた。
「あのご様子だと、先程杏寿郎さんが告げたことは真実のようですわね。八重美さん」
いつもは一つ返事で戻ってくる声がない。
口を噤むままの娘に目を向けて、静子は溜息をついた。
「でもそれなら何故、杏寿郎さんは髪飾りなんて贈り物をしたのかしら…残酷なことをなさる御人だわ」
「……っ」
「あんな御人、お止めなさいな。外面は良くできても、普段の所作に品がありません。貴女にはもっと見合った殿方が──」
「…めて下さい」
「…なんですの?」
「やめて下さいと、言ったんです」
三つ編みの先に飾られたリボン型の髪飾り。
それを震える手で握り締めると、八重美は決したように顔を上げた。
「お母様は、杏寿郎様のことを何も知らないでしょう」
「自分なら知っていると言うような台詞ですわね」
「少なくとも、お母様よりは知っています」
震える体に、震える声。
それでも初めて静子へと抗いの態度を見せた八重美は、一歩。踏み下がった。
「私が慕ったのは杏寿郎様ご自身です。炎柱様だからでは、ありません」
「──本当に?」
ぴんと張り詰めるような厳しい声。
静子の問いに、びくりと八重美の体が強張る。
「ではあの御方が柱ではなかったら? 鬼殺隊でもなく、一般市民でもなく、他者に物乞いをするような立場の人間だったら? 貴女は本当にあの御方を好きになりましたの?」
「そ…そんなこと、言われなくても…」
「いいえなりませんわ。貴女はわたくしが育てたのですよ。貴女のことなら全て知っています」
「っ…そんなこと」
更に一歩。踏み下がる。
「私のことを全て知っているなら、今此処でそんなことを言うはずがありません…!」
「! 八重美さんッ」
震える足に力を込めて踵を返すと、背を向け駆け出す。
逃げるように去っていく八重美に伸ばしかけた手を止めて、静子はまた一つ溜息をついた。
「全く……だから言っているというのに」
ちらりと視線の隅に掠めた、少年と女性を軽々と地面から離す程に抱え上げて笑う、炎柱の姿。
曇り空だと言うのにまるで眩しい太陽を見るかのように目を細めて、視線を外した。
「本当、馬鹿な子」