第21章 箱庭金魚✔
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手桶を足元にカタンと置く。
墓石に停まっていた赤トンボが、音に反応して滑るように飛んだ。
賑わう商店街を離れ、木々や緑が増えてきた場所に目的地はあった。
人気のない、幾つもの墓石が並ぶ一端。
身長よりも高い位置にある長い神石(かみいし)から、笠付香炉(かさつきこうろ)や拝石(はいせき)まで用意されている和型墓石。
一般的に見かける墓石ではあったが、縁のない蛍には大層立派なものに見えた。
神石には【煉獄家之墓】と達筆な字が彫り込まれている。
その名の通り、代々煉獄家の者達が静かに眠っている墓だ。
「母上。お久しぶりです。只今、帰りました」
手桶を置いた杏寿郎が静かに一礼をする。
槇寿郎や千寿郎に向けた顔とはまた違う。憂いを残した優しげな横顔を、蛍は日傘の下からそっと伺うように見上げた。
「よし。では先に掃除だ! と言ってもほとんど汚れていないな。千寿郎が綺麗にしてくれていたのか?」
「そんなに頻繁に、という訳でもありませんが。立ち寄れた時には」
「うむ、十分だ。ありがとう」
「私は、何をしたらいいかな」
「そうだな。ではその花をここへ活けてくれるか」
「うん」
散っている落ち葉を集め、手桶と柄杓を使い水で墓石を綺麗に流し、用意した菊と桔梗の花を花立へと飾る。
線香を炊けば、香ばしくも感じる白い煙が細く長く昇っていく。
目を瞑り合掌をする杏寿郎と千寿郎に習い、蛍も墓石の隅で両手を静かに合わせた。
話でしか聞いたことのない、煉獄家の中心でもあった女性──煉獄 瑠火。
しかしその声と、空気と、色を、蛍は一瞬だけだが垣間見ることができた。
写真の中に残された記憶なのか、杏寿郎達の中に残された記憶なのか。
物事の概念など無視して生まれる血鬼術では理由を探ろうにも探れない。
それでもあれは確かに瑠火本人だった。
「──蛍。此処へ」
ゆっくりと顔を上げた杏寿郎が蛍を呼ぶ。
隣へと並べば、大きな掌が優しく背へと触れた。