第21章 箱庭金魚✔
「──それで、」
優しさに満ち満ちた空気を変えたのは、徐に背筋を正した杏寿郎だった。
にっこりと笑う顔は蛍にも見覚えがある。
(あ。昨夜水遊びした時の笑顔だあれ)
爽やかに見えて爽やかではない。
綺麗な笑顔に嫌な予感が走る。
「とても微笑ましい光景だが、二人共」
「待って杏じゅ」
「羨ましい限りだ俺も混ぜて欲しい!!!」
先程の物静かで穏やかな態度は何処へやら。
空気を震わせる程の声量で堂々と本音を告げる杏寿郎に、なんだなんだと通行人の目が止まる。
「あ、兄上落ち着いてくださいっ」
「人に見られてるし…っ」
「そうだな! 見られながらも堂々と抱き合っているから良しと思ったが!?」
「こ、これはその、話の流れで。あの、ぁ…姉、上。そろそろ離してもらっても…」
「え。折角の千くん堪能時間なのに?」
「姉上っ」
「ふむ。姉と千か。知らぬ間に随分と仲良くなったようだな羨ましい! 俺も混ぜてくれ!!」
「だからこれは千くん堪能じかン"ッ」
「兄うムッ」
がばりと両腕を広げたかと思えば、千寿郎を抱いた蛍の上から更にむぎゅりと抱き締める。
杏寿郎の大きな腕に巻き込まれるようにして、二人は顔を押し付け合った。
「ぁ、兄、兄上っ姉上が…ッち、近」
「待って花が潰れる…! 千くんから貰った花が!」
「わははは! 二人共軽いな! 簡単に持ち上げられそうだ!!」
蛍との顔の距離の近さに赤面する千寿郎。
揉みくちゃにされる花束の怖さに蒼白する蛍。
そして一人腹の底から笑う杏寿郎に、なんだなんだと見物していた村人達は大半が納得した顔で頷いた。
「なんだ、騒がしいと思ったら。杏寿郎くんか」
「杏寿郎くん?」
「煉獄さんちの御長男だよ」
「ああ、あの」
「いつも豪快な御人だが、今日はいつにも増して楽しそうだ」
「いやはや煉獄君が通るだけで村が活発になるなあ」
「ほんと、祭のような男だねぇ」
「違いない」
つられて明るく染まる周りの笑い声。
誰かが告げた通りに、まるで祭事のように笑顔が広まっていく。